ph6 クロガネとの決着

「私のフェイズです!ドロー!!」


 私は意気揚々とドローしたが、本音は不安しかないので引いたカードを恐る恐る見る。すると、とんでもない逆転カードであったことに驚く。え?こんなことある?これは中々の主人公補正ではないだろうか?主人公ではないけれども。


「私は魂狩りの効果を発動!相手のMPを2奪う!!」

「俺はガルムのスキル渇いた血を発動!効果は言わなくても分かるよな?」

「……」


 逆転できるかは分からない。このカードを使っても負けるかもしれない。それでも、やれるだけのことをやろう。……まぁ、勝てなくても死ぬことはないし、その時はクロガネ少年の事は諦めよう。彼が闇落ちするとは限らないし、闇落ちしたとしても大丈夫だ。アフターケアはちゃんとする。タイヨウくん出番ですよ。


「私はMP3を消費して影鰐のスキル影喰らい発動!この攻撃は全体攻撃になる!影鰐!相手モンスターを攻撃!」

「くっ」


 影鰐の攻撃が成功し、ガルムは消滅した。クロガネ少年のMPは3。まだ死への誘いは発動出来ない。


「私はMP1を消費し魔法カード影舞を発動!もう一度攻撃を可能にする!影鰐!ブラックドッグを攻撃!」


 ブラックドッグの残り体力が11になる。


「ハッ!自棄になったのかぁ?俺はMP4消費してブラックドッグの死への誘いを発動する!更にMP1消費して魔法カード地獄の怨念を発動!この攻撃の攻撃力をプラス2にする!!標的は影鰐だぁ!!」

「…っ!!」


 影鰐の体力が14から一気に3まで下がった。


「さぁどうする?ブラックドッグを攻撃してもいいが、その分お前の影鰐の体力も減るぜ?残り体力1の影法師だけじゃどうにもーー」

「貴方はMPを残しておくべきでした……そうすればこのマッチで負けていたのは私だったでしょう」

「あ?お前何言って…」


 私はニヤリと口角を上げ、残り1枚の手札を掲げた。


「私はMP3を消費して魔法カード冥界の闇営業発動!!このフェイズの戦闘中に効果によりフィールドで回復したMPの分だけモンスター1体の攻撃力を上げる!!」

「なっ」

「ガルムの効果で5、衣の効果で5!影法師の攻撃力にプラス10する!!」


 これで影法師の攻撃力は11になった。ブラックドッグの残り体力と同じだ。


「影法師!ブラックドッグを攻撃!!」

「任せてマスター!!」


 影法師はブラックドッグの目の前まで距離を積めると、影の体を大きくし、鋭利に尖らせた右手を振り上げる。


「うそだ…俺が2度も負けるなんて……」


 影法師の拳がブラックドッグに突き刺さった。


「っ、あぁぁああああああ!!」


 ブラックドッグが消滅すると、痛みがフィードバックしたクロガネ少年は、叫びながら膝をつき、そのまま倒れた。


 浮かんでいたバトルフィールドはゆっくりと下降し、地上にたどり着くと発光は消え、元の地面に戻る。

 倒れたまま動かないクロガネ少年が気になり近づいて肩を揺すってみたが反応はない。完全に気を失っているようだ。


 あれ?これは大丈夫でない?


 流石にこのまま放置は良心が痛むため、影法師にクロガネ少年を運ぶようにお願いして保健室に向かった。

















「……っ、んだ?…ここ」

「ここは初等部の保健室ですよ」

「!?」


 目を覚ましたクロガネ少年は、私の声に驚いたのかベッドから飛び起きた。


「おまえ!?なんで…」

「……あのまま放置するのは気が引けたので……気絶したのも私のせいみたいなものですし……」


 私がそういうと、クロガネ少年は苦い顔をしてベッドに座り直した。クロガネ少年は黙ったまま下を見つめている。……何か喋れよ。気まずいだろ。それとも何か?私が切り出さないといけないのか?


「……スピリット学園初等部、6年A組影薄サチコです」

「は?」

「私の名前ですよ。再会したら教えると言ったでしょう?」


 よし、これで目的は果たした。クロガネ少年も起きた事だし、ここにいる義理はない。


「用件はそれだけです。それでは失礼します」

「待て!!」


 椅子から立ち上がり、去ろうとしたところでクロガネ少年に腕を捕まれ強制的に止められた。振りほどこうにも少年の力が強く腕がびくともしない。


「まだ何か?」

「…………」


 クロガネ少年はまた黙り状態になってしまった。用がないなら離して貰えないだろうか?もう18時過ぎてるんだが?社会人感覚なら全然速いんだが今は小学生だ。さすがに帰らないと親が心配する。一応SNSで知らせは送ったのだが、父親から頻繁に電話が来ている。分刻みにに通知がくるのも鬱陶しい。……もう少し母親の冷静さを見習ってくれ。彼女はSAINEサインで了承のスタンプと夕飯の確認の通知だけで済ませている。これは母親がドライ過ぎるのではなく、今までの築いた信頼関係故の態度だ。私の事を理解してある程度自由にさせてくれる母親にはいつも感謝している。



「あの、何もないのならーー」

「っ、お前は……」


 クロガネ少年は目線を合わせないまま、ボソボソと喋り始めた。


「何も……言わないのか?」

「何かとは?」

「それは…その…」


 ゴニョゴニョと何かを言っているようだが、声が小さくて聞き取れない。


「貴方が何を言われたいのか知りませんが、約束のマッチも終わりましたし、名前も教えました。他に用がないのなら親が心配しているので帰りたいのですが?」


 私が親からの通知を見せると、クロガネ少年は悲しそうに目を曇らせた。おいおいその反応はまさか親絡みの事情でも抱えているのか?そう言えば勝てなきゃ価値がないとか言っていたな。親からサモンマッチのスパルタ教育でもされているのだろうか?


「……お前の家族は……心配するんだな……」


 最悪の予感が的中してしまったようだ。この反応は間違いない。彼は家族関係で悩みを抱えている。空気がズシリと重くなり、保健室に気まずい雰囲気が流れる。


 これは聞いた方がいいのか?聞かないといけないのか?でも聞いたら最後絶対にやぶ蛇になるだろう。あぁ、ブラックドッグの軽口が恋しい。今なら何言っても怒らないから出てきて欲しい。そう願っても現実は虚しく、ブラックドッグが出てくることはなかった。



 クロガネ少年をチラリと見る。彼は最初に出会った時のような横柄な態度は鳴りを潜め、捨てられた子犬のような目をしていた。




「…………貴方の親は心配しないのですか?」


 聞 い て し ま っ た


 これをスルーするのは無理だろ。いくら平凡を望んでいるとはいえ人並みの良心はある。目の前で捨てられた子犬が見つめてきて無視できる人間はいるのか?いないだろ。子猫でも可。


「……俺の親は俺に興味がねぇ……五金家の落ちこぼれは存在すら認めてもらえねぇんだよ……」

「落ちこぼれですか?」

「……あぁ。お前も五金財閥は知ってるだろ?」


 五金という名字を聞いて嫌な予感はしていたが、こいつサモンマッチ協会を支える三大財閥のうちの一つ、五金家のお坊ちゃんだったのか。確かサモンマッチ協会は完全実力主義。サモンマッチの運用に携わる者は強くあらねばならない。サモンマッチによる凶悪犯罪を取り締まるのもサモンマッチ協会の仕事の1つであるため、マッチの強さが求められるのだ。……色々と言いたいが、これもツッコんではいけないと今までの経験上分かっている。運営側ならカードバトルの強さじゃなく経営手段とかで競えとか、サモンマッチによる凶悪犯罪って何?とか犯罪なら警察出てこいよとか言ってはいけない。ここはそういう世界でそういうものだからだ。


「五金家でサモンマッチが弱い者は淘汰される。……どんなに努力しても家族に…自分の弟にも勝てず結果も残せない俺は五金家での居場所なんてない…我が財閥始まって以来の落ちこぼれなんだよ……」


「…………家族の中で一番弱いというのならば、それは家族の中で一番伸び代があるということでは?最低辺だとしたら後は上がるだけじゃないですか。後ろを気にしなくてもいいなんてとても楽じゃないですか」



 あまり、こういった事情に口を出すのは良くないのだろうが、クロガネ少年の姿を見ていると言わずにはいられなかった。多分、これは同情なんだろう。クロガネ少年の境遇に哀れみを抱いた自分勝手な偽善行為だ。少年が不愉快に思うかもしれないと分かっていても、一度口に出した言葉は戻せないため、ええいままよと続ける事にした。

 

「負けて得るものはないといいますが、確かに、負けて失うものは多いです。自信も、地位も、評価もたった一度の敗北で消えてしまうことはあります。しかし、その敗北に価値を見いだすのなら、貴方が価値をつけるしかない」


 クロガネ少年は私の腕を掴む力を緩め、私をじっと見つめる。少年の表情から感情は読み取れないが、少なくともマイナスな感情ではなさそうだった。


「負ければ感謝って言葉があるでしょう?負けて腐るならその敗北は失うだけで価値はない。ですが、負ける事によって自身の弱さを知り、成長に繋げる事ができればその敗北はとても価値のあるものになります」


 この世界はカードゲームの強さが全てだ。時には負けられないマッチがある。成長して多くのものを得ればそれだけ負けられなくなる。五金財閥の血縁ならば尚更だ。


「……貴方は既に敗北に価値を見いだす力があります。…今回のマッチ、結果としては私が勝ちましたが、始めて貴方とマッチしたときより、私は追い詰められました。いえ、むしろあのマッチは私が負ける可能性の方が高かった。今回は運が味方してくれましたが、次はどうなるか分かりません……」


 でも、だからこそ敗北が経験できるうちはたくさん負けておいた方がいい。大事な場面で勝つことができるように。敗北でしか学べないことを学ぶために。


「これは貴方が成長している。強くなっている証拠ではないのですか?自身の弱点を知り、改善して挑んだ結果貴方は昨日の貴方より強くなったんですよ」


 失敗は若いうちにたくさんした方がいい。誰でも最初はミスするものだ。若いうちにたくさん失敗したということは、それだけ挑戦したということの証明だ。本当は、ミスをしないのが一番いいのかもしれないが、絶対にミスをしない人間なんていない。意図しないヒューマンエラーなんてものはザラにあるし、大事なのはミスをした後のリカバリーだ。そして対処を学び、応用を覚え、次に誰かがミスをしてもその対応ができるなら問題ない。それはミスではなく、経験になるのだから。



「なら、勝つまで挑めばいいじゃないですか。100回負けても101回目に勝てばいい。何度も負けても最後に勝てればこっちのもんですよ」


 私はクロガネ少年を焚き付けるように笑う。


「負けたままじゃプライドが許せないんでしょう?」


 クロガネ少年は空いている方の手で自分の髪型を崩すようにくしゃりと一撫でした。


「……ハッ…簡単に言ってくれるな。それができりゃ苦労しないんだよ」


 自嘲するような言い方ではあるが、彼の目は曇っていない。もう大丈夫だろう。



「ブラック!!」

「はいよ」


 今さらノコノコど出てきたブラックドッグを一発ぶん殴りたいが、空気を読んで気持ちだけに止める。うちの影法師はどうしてるかって?疲れて爆睡してますよ。私の影のなかでね。


「……影薄サチコ」


 クロガネ少年に名前を呼ばれ、視線を合わせる。もう腕は捕まれていない。


「今回も俺の負けだ……でも、次は負けねぇからな」

「……はい、再戦待ってますよ。クロガネ先輩」


 クロガネ少年改めクロガネ先輩はブラックドッグに股がると、保健室の窓から出ていった。彼が去っていった窓から風が入り込み、カーテンが優しく揺れている。いや、普通にドアから出ていけよ。誰が窓閉めていくと思ってんだ。というか、保健室の鍵も私が閉めなきゃならんのか?


 面倒だと思いつつも、わざわざ部屋を空けてくれた先生に悪いため、しっかりと戸締まりをした。


 ここまでお膳立てしたのだから、少しぐらい立ち直ってくれなければ困る。そう思いながら鍵を返却するために職員室へと足を向けた。















「おい!サチコ!俺とマッチだ!!」

「だから再戦速すぎませんか!!」


 翌朝、通学の途中でブラックドッグと共に現れたクロガネ先輩にどっと疲れが押し寄せる。あんなに落ち込んでた癖に立ち直り速すぎないか?昨日は放っておいても良かったんじゃないだろうか?そう後悔しても遅い。クロガネ先輩は屈託のない笑顔で迫ってくる。貴方、そういうキャラでしたっけ?もっと他人を見下すような、不適な笑みを浮かべる感じのキャラじゃありませんでした?というか、距離が近い!!少し離れてくれ!!


「マスターに近づくなぁ!!」


 私と先輩の間に割り込むように影法師が飛び出す。よくやった影法師。そのまま追い払ってくれ。


「おっと、ご主人様の邪魔はさせねぇぜ?」


 ブラックドッグはそう言うと、軽やかに影法師を咥えて私と引き離した。

 影法師は抵抗するように暴れるが、レベルの差は非情である。ブラックドッグに難なく押さえられ、ますたぁーと助けを呼ぶ声が聞こえる。助けて欲しいのはこっちなのだが!!


「これで邪魔者はいねぇ!サチコ!リベンジだ!!」


 クロガネ先輩の有無を言わさぬ雰囲気に諦めたように私は口を開いた。


「すみません。せめて放課後にして下さい」




 

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