第37話
話し疲れたのか、安堵したのか、薬が効いてきたのか、くたっと横倒しになって寝てしまったシュレインに、エリカがお昼寝に使っている織布を掛けてやってから、エリカは御者台のボイズに話しかけた。
「ねぇ、おっとぉ」
「どしたぁ?」
「血、繋がってたね」
「あぁ、嬉しいなぁ。今までも俺の娘だったが、これからは堂々と一生、俺の娘だ」
「お母さんって、美人だった?」
「あぁ、美人だった。色黒女が多い港町で、真っ白な肌のあの女はすこぶる目を引いた。顔立ちは、確かに似てるな。クリッと大きな目も、笑うとできるえくぼも、あぁ、あと、髪も似てるんじゃないか?柔らかくて細い髪をしていたからな」
「そっか。私、要らない子じゃなかった?」
「あぁ、俺はあの女の名前も知らなかったが、きっとちゃんと愛されて生まれてきたのさ。それが予知によるものだとしても、確かに愛されてたと、俺は思うぞ。俺もお前に出会った時には、俺が育てないといけないって、守らないといけないって感じたからな」
「それってさ、血の繋がりの為せることだったのかな?」
「さぁなぁ。母親の計らいだったのかもしれないな。愛されて生きろっていう、な」
「お母さんがそれを望むなら、私幸せに生きたい」
「いいんじゃないか?それをお前が心から願うなら、それで。まぁ、おっとぉは、先に上位まで上がってきて欲しいがな」
「う…王都で昇格試験受けるよ、多分…」
「実力はあるんだ、さっさと上がってこい。行ける範囲が広がれば、海だって超えられるんだぞ?」
「海?見てみたい!」
「んじゃ、頑張れや」
「わかった」
父に説教をすると言う決意はどこへやら、丸め込まれた感のあるエリカだったが、次の目標を昇格して海を見に行くと定めて俄然やる気に満ちていた。
シュレインのケガの様子を見ながら無理をしない範囲で走ること数日、領都まで帰り付いた3人は、帰還報告を兼ねてドルイドと向き合っていた。
「随分楽しそうな遠足になったな?シュレイン。しばらくは、ゆっくり休まずに働けるんじゃないか?」
「勘弁してくれよ、領主様。俺は、なるべくなら働きたくない」
「ははは、無理を言うな。お前が持って帰ってきた情報は、国を動かす案件だ。…逃げるなよ?」
「諦めろ。ついでに、こいつの子飼いとして就職しちまえよ。多分、給料はいいぞ?」
「は?ふざけんな、嫌だ。エリカ以外の誰かに縛られるなんて、絶対ごめんだ!」
「じゃ、エリカが俺の部下になればいい。いもづるでボイズとシュレインも、俺の手足だ」
「「ふざけんな!」」
「ふふふ、ごめんなさい。ドルイド様、私、自由を愛する女だから、誰かの物にはなってあげないの」
「おぉ、いい女の発言だな。大人になったじゃないか」
「まったく、サラッとエリカを口説いてんじゃねぇよ。どいつもこいつも…」
「ははは。で?これから、お前たちはどうするんだ?ハインケルとエドたちを連れて王都に戻るのか?」
「あぁ、エドが一人前に走れる様なら、一緒に連れて帰る。無理はさせないが、エドは俺とハインケルからの上級昇格試験合格の祝いとしてエリカに渡すつもりだからな」
「まだ試験を受けてもいないのに、気が早いな。お前」
「エリカなら合格するに決まってるからな」
「俺からも贈り物を用意しておくよ。楽しみに合格してきて」
「ありがとう、シュレインさん。シュレインさんは、これからどうするの?」
「シュレインは、しばらく俺の使いっぱしりだ。こいつは中々使えるからな」
「しっかりこき使われろ」
「エリカへの贈り物の金を稼ぐために使われてやるから、しっかり金を寄越せ」
「えっと?頑張ってね…?」
段々と収拾がつかなくなってきたような気がして、この3人から少し距離を取りたいエリカだった。
「ところで、もう俺たちに仕事は無いんだな?ドルイド」
「あぁ、こいつと俺で事足りるはずだ。しばらく冒険者たちには警戒をしてもらうが、こいつが施設を吹き飛ばしたおかげで時間は稼げるはずだ。あとは、国の判断だな。戦争になるなんてことは、勘弁願いたいがな」
「それならいいさ。俺たちは、普通の冒険者に戻るさ」
「有事の際には、速攻で呼ばれるだろうがな?」
「それこそ、いつも通りじゃねぇか。ま、しばらくはエリカを鍛えるさ」
「うん。海を見に行くんだもん。頑張るよ」
結局グダグダとただのお茶会の様になってしまう話し合いの中で、海を見に行くときにはシュレインも連れていくことになり、そのおかげでシュレインのやる気はうなぎ登りに上昇していった。
ドルイドの部屋を出てドズエラエドの3頭に顔を見せようと厩舎へ向かうと、仲睦まじく寄り添っていて邪魔をするのは憚られた。
そっとその場を離れて、貸してもらっている部屋に戻り、胸の護符を握りしめて浅い眠りに落ちたエリカだった。
賑やかな人の声に目を覚ますと、時刻は夕方。
窓の外は、朱く色付いていた。
「おっとぉ?」
「お、起きたか?今日は、ドルイドが宴会を開いてくれるらしいぞ。ドズたちも厩舎から出して一緒に庭で飯だ。行くぞ」
肉を焼く匂いに導かれて庭まで出ると、長机の上には既に何皿も料理が並び、侍女たちが慌ただしく動き回っていた。
料理人たちも、庭に設えた簡易的な調理場でひたすらに鍋を振るい、野菜や果物を切っている。
使用人たちが、カップを並べて酒を置き、取り皿を並べていく。
その慌ただしさの中、エリカの腹が可愛く響き、その場全員が笑いを堪えて下を向くという異様な光景を生み出した。
生暖かく見守られながらもしっかり食べてお腹を満たすと、ちゃんと眠気がやってくる程には疲れていた。
明日からしばらくは領都で依頼を受けて実績を積み、王都に戻ったら昇格試験を受けて、上級まで走り抜けるつもりでいる。
エリカは、寝具に横なると体が資本だとばかりにちゃんと朝までしっかりと眠ったのだった。
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