第36話
「ん~、なんでって言われてもな。恩返しであり、エリカが大事だからとしか言えないんだが…まぁいいか。ボイズ、あんた、昔不思議な経験したって言ってたよな?」
エリカと話していたシュレインからの突然の問いに、驚きつつもボイズは答えた。
「あぁ、昔港町の祭りで不思議な女と出会って、一夜を共にしたって話したことがあったな。何の関係がある?」
「その女が、エリカの母親だったら、もっと不思議だよな?」
「そりゃそうだろう。年齢が合わない。もう20年くらい前の話だぞ」
「その時、その女の傍に、そばかすのある茶髪で色黒の男の子が居なかったか?目つきの悪い、俯きがちな」
「居たな。シュナイと呼ばれていた子だ。駄賃をやって、祭りに向かわせた。なんで知ってる?」
「俺だから」
「「は?」」
シュレインの傷が悪化しない様に、ゆっくりと走る馬車の中で、二度目の親子同調。
疑問符が頭から湧き出しているかのような、キョトン顔の二人だった。
「言うつもりはなかったんだけどな、やっぱり知って欲しいよね。俺のことも、自分のことも。時間はあるし、ゆっくり聞いてよ、エリカ」
そう言ってエリカを見つめる瞳があまりにも悲しげで、頷くことしか出来ないエリカだった。
「俺は、150年ほど前に教団の教祖様に拾われたんだよ。もう少し見つけるのが遅ければ、海に飲まれて死んでただろうって言われたよ。そして、その教祖様の傍付きの女に世話をされていた。少し大きくなってからは、教祖の小間使いとして働いていた。その教祖様の名は、マリエ様。エリカの母親だよ。そして、エリカの父親はボイズだ。わはは!うん、すごい顔。面白いほどよく似てるよ。ボイズともマリエ様とも」
「おっとぉが本当のお父さんなの?どういうこと?」
「説明するって。ボイズ、戻ってこい?」
「あ、あぁ…疑問だらけなんだが…」
呆けた顔のボイズを無視して、シュレインは続きをしゃべり出した。
「マリエ様はさ、すごい力があったんだよ。時間と空間を飛び越える力と未来予知の力が。今の魔法術には無い、異能。それが故に、戦争の矢面に立たされたけどな。あれは、皇国に戦争を仕掛けるぞって頃だったよ。どうしても戦争に力を使うのが嫌だったマリエ様は、逃げようとした。時空間を歪めて、未来予知で見た男と出会う運命の場所へ。めっちゃくちゃ力を使うし、自分が時空間を超えるのは代償も大きかったから相当な消耗だったはずだ。そして、小さな港町でボイズに出会った。当時マリエ様が17歳、俺が12歳。一夜を共にした後、力の揺り返しでマリエ様と俺は元の時代と場所に引き戻されて、一年近く監禁生活だった。でも、それでよかったんだ。マリエ様は、禁忌とされる妊娠をしていたから」
「あの時の子供だって言うのか?」
「そうだ。マリエ様の出産は、傍使えの女と俺しか知らないことだった。傍使えの女の異能で、認識を阻害して秘密がばれない様に隠された。そして、エリカが生まれてすぐに本格的に戦争がはじまり、自分の運命が見えてしまったマリエ様は、俺にエリカを守る様に言いくるめて時空間の向こう側へ送った」
「私…捨てられた子じゃ?」
「違うよ、エリカ。俺の女神。マリエ様は、エリカを大切に思っていたし、愛していた。だから、自分の護符に誰からも愛されて幸せになる様にって祈りを込めて、エリカに持たせたんだ。持ってるだろう?八望星の護符を」
「持ってる。温かくて、大事なお守り」
首にかけている護符を引っ張り出してシュレインに見せると、シュレインはほっとしたような顔をしていた。
「うん。ちゃんと持っててくれてよかった。今では失われた本物の護符だから、大事にして」
「それから俺は、ボイズを探したよ。マリエ様は、ボイズの近くに俺たちを送ってくれたから。見つけられたのは、マリエ様と偶然のお陰だな。娼婦の元に行くあんたを見つけて、娼婦にあいつは子供がいるぞって耳打ちして、あんたの通り道にエリカを連れて行った」
「お前!…まぁ、今更の話だ。結果良かったんだし、許す」
「ありがとさん。あんたがエリカを育て始めたのを確認して、俺は密かに見守ることに決めた。最初は年をごまかす為に、異能を使ってたけどな」
「…ごめん、なさい。すぐには、ちょっと、理解できない…かも…?」
「まぁ、そうだろうね。で、結局のところ、俺の使命は命の恩人の娘を守ることだから、エリカに嘘はつかないし、傷つけるようなこともしない。なんで自分なんだって言ってた答えになったかい?」
「んと、多分…?でも…」
「でも?」
「私これからどうしたらいい?」
「んと?あ、もしかして、教団の事とか責任取らなきゃ的な?」
「うん…私、何かしないといけないのかなって」
「ないない!たまたま、今回こんなことがあったから話したけどさ。本当は、話す気はなかったし、俺もマリエ様もエリカには幸せに楽しく生きてほしい。だから、責任とか義務とか、エリカが考えなくてもいいんだよ。もう、教団は無いんだし」
「うん…」
「ごめんなぁ。エリカは真面目だから責任とか考えちゃうよなぁ…でも、自由に楽しく生きてくれってのがマリエ様の想いだってことだけ、忘れないでいてくれたらいいよ」
「わかった。ありがとう、シュレインさん。ん?シュナイさん、の方がいいのかな?」
「いや?シュレインでいい。それが今の俺の名前だから。シュナイは、遥か昔に置いてきたからさ」
「はい。ん?おっとぉ?どうしたの?」
「お前は、なんでそんなに、すんなりと受け入れられるんだ?俺はまだ、混乱の最中なんだ」
「なんでって言われても…わかんないけど?時間かかりそう?一旦忘れた方が、早いかも知れないよ?」
「そうだな。そうだよな。一旦忘れよう!はい、忘れた!」
「ボイズ…思いのほか阿保なやつだったんだな…はぁ~」
「とりあえず、ため息は付かないであげてほしいかな?私も同じ気持ちだけど…」
とても重大なことまで忘れてしまったボイズに、自分もため息がつきたいとこっそり思ったエリカは、あとで父を説教しようと決めたのだった。
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