第28話

シュレインのもう1部屋くらいありそうなのにと言うつぶやきから、一先ず紋章の調査を終えて、またみんなが散り散りに捜索を始めた。

次に見つかったのは、生活感の残る小部屋だった。

「大発見だな、キャッシュ君」

「キッ」

満足そうにどや顔の小さなキャッシュ君を撫でながら、ハンセンも自慢気だった。

「ここは、宿直室の様な感じがするな。簡易寝台と衣類棚に机と椅子。最低限しかない」

皆と共にやってきたレオンの言葉に頷いたハインケルが、部屋の物色を始めた。

「こんなものがありましたよ。カイヴァン殿、見てください」

「聖典か?魔力残滓があるな。解析できるか、やってみよう」

その間、ボイズとドルイドは、盗賊かの様に部屋の中をひっくり返していた。

「奥にまだ、部屋があるぞ。寝台に隠されてた」

「魔力反応がある。戦闘準備して何人か付いて来い」

2人の言葉に、ルーシリアがエリカと共に隠し部屋に入っていった。

部屋にあったものは、祭壇らしきものと、何かを閉じ込めていただろう大きな檻がいくつか、そして干からび骨になった頭蓋骨の欠けた人間のなれの果て。

若干の腐敗臭と錆の匂いが、締め切った部屋の埃臭さと相まって、鼻を抓まんでも臭いと感じる。

「この人、何をしてこんなことになったんだろう?」

「多分、檻に閉じ込めてた魔物かなんかに襲われたんだろうな。この魔力は、その魔物らしいもののだろう」

「何してるんだか…阿保だね、こいつ」

「死者になんて口をきくんだ。君は…まぁ、彼の失態はその命で払われたようだな。魔物らしきものがどうなったかは、気になるところだが…」

「この人、指輪してる。紋章が彫ってあるよ」

「管理者とかそんな感じの、立場だったのかもしれないな」

「これ以上は、何もなさそうだ。とりあえず、そのままにして戻るぞ。魔物も居なさそうだしな」

ドルイドの言葉に従って、寝台のある部屋に戻ると、簡素な椅子に腰かけているカイヴァンが居た。

「少々疲れてしまったのでね。借りているのさ。そして、あの本は掛けられていた保存魔法が消えてしまったカラットル教の聖典だったよ。つい最近まで保存されていたのか、保存状態はすこぶる良いものだ。研究対象としても、価値が高いな」

「なるほど。とりあえずは、この辺にして一度拠点に戻りましょう。みな疲れが出る前に休みが必要です」


入り口前に勢ぞろいした面々は、軽い足取りで遺跡を出ていく。

天蓋で待っていたのは、アントンとカイヤが労りの気持ちを込めて作ってくれた少し早めの夕食だった。

魔羊の乳を使ったゴロゴロ野菜のスープに、生野菜の盛り合わせ~アントンソース添え~、魔物肉を使った熱厚ステーキ~カイヤのフルーツソース掛け~、白くふわふわとした上質のパン、卵を使ったとろりとした蒸し菓子と、野営で食べるにしては豪華すぎる夕食となった。

食後に、ボイズがエリカに分けてやってくれと言っていたお茶を頂き、全員が大満足で楽しんだ。

「さて。明日はカイヴァン殿たちに今日の出来事をまとめ上げて貰っている間、騎士2人は天蓋の護衛、冒険者は周辺の見回りと植生の調査を兼ねて貰おうか。俺も、報告書を書きたいしな。遺跡にゴーレムは居ないだろうから、魔物が入り込まない様に見張りも頼みたいが、いいだろうか?」

「研究が出来るなら文句は、無い。あの遺跡の中に入りたいときは、誰かに声を掛けるさ」

「俺たちも構わないさ。依頼主の意向には出来るだけ沿うもんだ。どうせじっとしてられないだろうしな。俺とエリカで遺跡、ルーとハインケルで周辺の調査、ハンセンと従魔で危なそうな魔物の見回りって所か?」

ボイズの声に、冒険者組は頷き返して是を唱える。

「俺は?」

「あ?お前はただの案内役なんだろ?もう用無しなんだから、どっかで大人しくしとけよ」

「ひどいぜ…俺もあんたとエリカに付いていく!」

ボイズの深いため息と、エリカの苦笑いで調査一日目が更けていった。


翌朝も従者と侍女は、朝から全員分の食事を作っていた。

申し訳なく思いつつも、そのおいしさに舌鼓を打って活力へと変換し、騎士2人と冒険者たちは天蓋を意気揚々と出ていった。

「シュレイン、お前、なんか知ってんじゃないのか?」

「何だよ、突然」

「ここの構造や建てられた目的も、知ってるんじゃないか?」

「なんで、そんな突拍子もないことを…」

「俺の勘」

「ははは。大した勘だな」

「茶化してはぐらかすなよ。お前の行動は、怪しすぎる。エリカに付きまとうのもムカつくが、まるでエリカや皆を誘導しているように見えた」

「ははは」

曖昧な笑顔でごまかそうとしているように見えるシュレインに、エリカは素直に疑問を問うことにした。

「ねぇ、シュレインさん。何を知ってるか聞かれたくないみたいだけど、別の疑問なら答えてくれる?」

「答えられることなら、エリカだけ特別に」

「なんで、私を女神って呼ぶの?」

「…ん~、信じるかどうかは知らないが、エリカは俺の命の恩人の女性に瓜二つなんだよ。それが、俺がエリカを女神と思ってる理由。じゃ、ダメかい?」

「私のお母さん?ってこと?」

「それは…どうだろうな。でも、俺は、エリカに危害を加えないし、役に立つよ。邪魔しないし、何なら命を掛けて守る。約束する。誓ってもいい」

「何の神に誓うんだ?お前、昔、無神論者だって言ってただろ」

「カラットル」

「は?やっぱり、お前何か知ってるのか!」

「いいや?いいじゃん、俺はちゃんと約束も近いも守る男だぜ。さ、見廻りしようぜ。見回り」

結局、なんだかんだとはぐらかして、それ以上のまともな話は出来なかった。

その夜、エリカはボイズにシュレインとの出会いの話をせがんだ。

何故、自分から遠ざけようとするのかも。

ボイズ曰く、シュレインとはエリカと出会う少し前に出会ったそうだ。

酒屋で出会い、最初から馴れ馴れしかったシュレインとなんとなく何度か酒を飲んで、情報屋として役に立ちそうだし面白い奴だと少しだけ気にかける様になった頃、シュレインは何やらヤバい案件に手を出してヤバい奴らから追われるようになったとか。

最後に会ったのはエリカに出会う少し前で、それからは話は聞こえてきても姿を見ることは無かったらしい。

エリカを巻き添えにされるのが嫌で、あの馴れ馴れしい感じで娘に近づかれるのが嫌で、秘密を抱えて信用できなさそうな軽薄な感じが嫌で、近づいてほしくないんだと懇願される羽目になったエリカだった。

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