第14話

早期に終息した氾濫からしばらく、色々なものが清算されて冒険者たちに分配された。

ボイズとエリカ親子にも、しばらく遊んで暮らせそうな金額が入金されている。

ボイズは、この機に小さな改造馬車を買った。

荷台部分が居住空間になっていて、見た目より広い作りになっているものだ。

振動軽減魔法、簡易的だがしっかり料理が出来る台所と食器にその収納、大人二人がゆったり座れる食卓と椅子、仕切りと衣装収納付きの各々の寝台に便所と、生活に必要なものが揃い、備え付けの保存庫には保存魔法と空間魔法が付与されていて、はっきり言って王族が他国に向かうときに使う馬車の次に高級品。

今回の報酬のほとんどを費やしたこの馬車に、エリカは呆れと諦めを覚え、最終的にはより活用できるように内装に凝った。

「で、おっとぉ、この馬車で、どこに、行くの?」

「ん?どこに行こうか?お前には、色んなところを見せてやりたいからなぁ。どっかないか、久々に協会で探すか」

「うん。私も色々やりたいことは終わったし、そろそろ依頼を受けたい」

「よし、んじゃ、行くか」

氾濫の経験で見習いを卒業して駆け出しの一人前だと、協会からもマスルとミザリーからも認められたエリカは、今後護衛依頼を3件と討伐依頼を5件成功させることで3級冒険者となる試験が受けられる。

3級で以上でなければ受けられない依頼や行けない場所も多く、冒険者なら3級以上であれと言われ、一番冒険者人口の多い級位だ。

3級になって初めて、一人前の冒険者だと胸を張れる。

特級冒険者であるボイズの娘として、隣に立つにふさわしい冒険者になりたいと思っているエリカには、通らなければならない関所の最初の一つだ。

そして、いい依頼がある様にと願いながら、冒険者協会の扉を開けた二人だった。

「ボイズ!エリカ!少し久しぶりね」

「ミザ姉!」

氾濫終息からたった5日がどれだけ久ぶりなんだか分からなくなるような熱い抱擁を交わす馴染みの職員と愛娘に呆れた様な目を一瞬だけ向けて、ボイズは挨拶もそこそこに依頼書の確認を始めた。

「ボイズ、マスルに声を掛けてくるから待っていてね」

そう言うと、エリカを抱きしめていた腕を解いてミザリーが会長室へと駆けていった。

「厄介事か、塩漬けか?はぁ…」

そこそこ大き目のため息を吐き出す父をよそ目に、エリカもどんな依頼があるのかを確かめる。

あるのは塩漬けと呼ばれる難易度が高くて難しいか、依頼料が安いなどの理由でそもそも受けてくれる冒険者が居ないかでずっと達成されていない依頼と、見習いや駆け出しが受けるような近場で安全で安価な薬草などの採取依頼がチラホラ。

いい感じで人気のある討伐依頼や護衛依頼は、既に一枚も貼られていなかった。

まぁそりゃ昼前なんて遅い時間来たら良いのは無いかと納得して、ミザリーが戻ってくるのを見ていた。

ニコニコと上機嫌で戻ってきたミザリーは、会長室に行くようにとだけ二人に伝えると自分の席に戻って何やらやっていたのだろう仕事を再開する。

待っても説明は無さそうだと、二人揃ってマスルの待つ会長室に向かう。


「来たぞ~。入るぞ~」

「おぉ、入れ入れ~」

軽すぎる入室許可を合図に扉を開けて中に入ると、会長であるマスルが積みあがった書類の隙間から出てきた。

「待ってたんだ。来てくれてよかった。お茶でも入れようか?おいしいのを貰ったんだ。あ、お菓子もあるよ?エリカ、食べるだろ?」

明らかに何か裏がありそうなおべっかに塗れた猫なで声で、マスルはいそいそとお茶を淹れる。

実際に高級茶葉を使い、人気の店から最近新発売されたという焼き菓子を二人に差し出す。

「で?どんな依頼なんだよ。マスル」

「ん?うん…」

「気持ちわりぃ猫なで声出しやがって、また俺にめんどくさい尻ぬぐいさせようってんだろ?いつもそうだ。お前が、茶やら菓子やら出して猫なで声の時は厄介事が待ってんだ。わかってるから、早く話せよ」

「ばれてるなぁ…でも、厄介事ではあるな。すまないが、国王陛下からの依頼により、隣国サンテバルトとの国境付近の南部の森に出向き、出没すると言うキングブルレッドオーガの調査と討伐の指揮を頼みたい」

「はぁ?あいつからの依頼は、受けたくねぇ…しかも、キングブルレッドオーガって15年前に出たやつじゃねーか。あん時も何人もの冒険者と何日もかけて倒したんだぞ?」

「あぁ。でも、今回厄介なのは魔物じゃないんだ。南部の大森林に接してる隣国の辺境伯領の村が、我が国側の森から発生して出てきた魔物に襲われて壊滅したと強い抗議があったらしい。同じように森に接している我が国の辺境の村には何の被害もない」

「あ?森の中なんて、どこに発生しようが出てきた所の国が責任持つって条約だろう?なんでこっちが討伐するんだよ」

「あっちの壊滅した村を抱く領主な、サンテバルドの国王の義理の弟でなんだが、嫁の威光を笠に着て随分ごり押ししたみたいだ。あっちからは、鉱石と麦の大半を買ってるからな。こちらとしてもあまり波風を立てたくないってことだ」

「はぁ~?くそだな!で、なんで俺なんだよ!」

「あちらさんの言うことにゃ、一番強い奴にサクッと倒してもらえば、時間も手間も要らんだろう。ってよ」

「くっそ!あいつが国王命令とやらで特級は国から出るなって制限掛けといて、あいつの都合で他国まで行って来いってか!」

「まぁ、気持ちは分かるがな。王命だ。金もたんまり払われる。受けてくれ。頼むよ」

「…ちっ!くそが!討伐隊は、どーすんだ。一人じゃ無理だぞ」

「国からは、ボイズの裁量に任せると」

「なら、ハインケルとハンセンとルーシリアを連れていく。出発は、2日後の朝。西門前で集合だ。お前からも、声を掛けといてくれ。見かけたら、自分で言うけどよ」

「わかった。すまんが頼んだ」

「しゃぁねぇ。帰ったら、ハンナの酒場でエールを1樽な」

「仕方ない。許そう」

「えらっそうに…ま、いいさ。じゃぁな」

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