第13話
「終わ…った…な…」
「終わったね…」
冒険者親子の呟きに似た声は、その場の全員の勝鬨の声を生んだ。
竜の咆哮にも似た大きな声は、その疲れた体のどこから出るのか。
全員が喜び、涙し、肩を抱き合って戦闘の終結に酔いしれていた。
「よっしゃ…んじゃ、こいつは一旦仕舞っておいて…帰ったら大宴会だな。竜素材なんて久しくお目にかかってないんだ。高く売れるぜ!」
「ボイズ殿、これで終わったのですか?」
「ペレス。いいや?まだ、発生源の核を見つけてないからな。終わりじゃねぇな。お前らぁ、動けんなら探せっ!まだ終わってねぇぞぉ!」
「「「おう!」」」
戦いの余韻もスパッと消えて真剣な空気が流れると、竜が現れた道の先の探索が始まった。
その先にあったものは、小さめの広間と奥の壁に埋まった大きな魔石。
壁の中央にドデンと存在感のある大きな魔石からは、黒い霧状の何かが漏れているような溢れているような状態だった。
冒険者・騎士含めた全員が、その黒い霧状の何かに、言いようのない不安を感じる。
心の中を無造作に引っ掻き回されながら、重たい何かを押し付けられているような、何とも言えない不安の中、エリカの息を吐いて吸う音がした。
「はぁ~…すぅ~…はぁ~…ねぇ、みんな深呼吸しよう?息が止まってるよ?」
「…はっ…はぁ~…」
エリカの言葉で、全員が無意識に止めていた呼吸を始めた。
「なんかさ、すんごい存在感だね。圧倒されて、息するの忘れてたよ」
「あ、あぁ。本当だな。おっとぉも忘れてたよ。ありがとうな、エリカ」
「ん?うん。ねぇ、あれは何?魔石?にしては、大きすぎるよね?」
「迷宮核、だと、思うが。あれが普通の魔石であるかどうかは…疑問だな」
「普通じゃないの?」
「あぁ、デカすぎる。そして、禍々しすぎる。魔力量が半端なさすぎる。見たことがねぇよ、あんなの。災害級なんてもんじゃねぇ…」
「普通は、あれをどうするの?」
「壊す。普通は、俺の拳くらいから、それよりもう少し大きいくらいのもんなんだ。でも、あれは…俺の顔より二回り以上デカい。すぐに壊せる自信は、ねぇな」
「まぁ、大きさには驚きましたけど、何はともかく、結界を張りましょう。私と数人で、どれだけ持つかは、分かりませんけども…」
「おう。頼むぜ。お前ら!結界張り終わるまで気を抜くなよ?」
「ハインケル殿、お願いいたします。腕利きをなるべく早く、連れて来るように要請しますので」
「はい、ペレス殿。お願いしますね」
「石を見て来ていいですか?ハインケルさん」
「準備の間だけなら構いませんよ?でも、あまり、あの石に近寄らないで下さいね?」
エリカは、は~いといいお返事をして、石の周りをぐるりと見て回る。
半球状に壁から出ている石は、全体的に黒い霧を纏って、こちらに重圧を掛けてくるようだった。
半透明の様に見えるのに、向こう側の見えない暗い色。
ところどころにある、小さな傷。
あとどれだけ埋まっているのか。
そして、エリカは見つけてしまった。
「おっとぉ!これ!見て!」
「ん?なんだ?…これはっ…」
「同じだよね?私の持ってるのと…」
「あぁ、同じように思う。だが、なんでだ…わからんな。エリカ、誰にも言うなよ?国が調べて壊すことになる。面倒ごとに巻き込まれる。誰にも言うな。とりあえず、今は、まだ…」
「…わかった」
そこにあったのは、エリカの胸に下がる八望星の護符と同じ図柄の刻印だった。
遠い異国の護符だろう、とエリカはボイズから教えて貰っていた。
何か事情があって、遠くまで連れてこられたんだろうと。
赤子のエリカが生きていたのは、きっとそれを望んだ人が居るからだろうと。
だから、死ぬまで懸命に生きろと。
それでも、色々な何故という気持ちと疑問は消えない。消えなかった。
そして、今、新たな疑問がエリカの胸に刻まれた。
何故、遠い異国の護符の紋章と同じ紋様が刻まれた巨大な魔石が、この国にあるのか。
自分と何か、関りがあるのか。
そして、自分は本当は何者なのか。
「エリカ。もう発動しますから、もう少し離れてください」
ハインケルに呼ばれて、思考の渦に沈んでいた意識が浮上する。
「は、はい。ごめんなさい」
「いいんですよ」
そして、石を正面から丸っと包むようにハインケルの紡いだ結界が広がっていく。
薄い膜で覆われて、目に見えていた黒い霧は見えなくなり、体に纏わりついていた不安感も薄らぐ。
「これで、正真正銘終わりましたよ。あとは、国の管轄です。帰りましょう?」
「よし、お前ら!帰るぞ!」
「「「おぅ」」」
「ペレス、アレスに報告しに行くときは一緒に来いよ。そんで、早く調査団と術者を寄越せと強く言ってくれ。あれは…早い方がいいだろうからな」
「はいっ!」
帰り道は、魔物が出てくることもなく、皆足取りも軽く周りを見る余裕もあり、小唄なんぞ歌いながらのお気楽な道中になった。
エリカも気持ちは軽く、ハインケルに教えて貰った有用な薬草などを採集しながら帰った。中々の取れ高に、ひっそりとほくそ笑むエリカだった。
ガン爺に言えば、また新たな薬の製法を教えて貰えるかもしれない。
薬師としての腕も磨きたいエリカは、ちょっとだけ速足になるのだった。
後方支援組の居る拠点まで戻ると、ボイズはすぐにペレスを連れて報告するために天幕を潜った。
その間の冒険者たちは、持って帰ってきた戦利品の仕分けや解体に、撤収準備と忙しく、エリカも手伝いに率先して参加していた。
拠点には数人を残して、撤収する。残されるのは、騎士二人と冒険者二人。
誰もが残りたくは無いと、しょうもなくも熾烈な戦いが繰り広げられた。
結果的に居残りが決定した四人には、あまりにも可哀想だからとエリカが蜂蜜入りの香りのよい薬草茶を用意して労った。
可憐な少女からの優しさあふれる激励で気持ちを持ち直した四人は、張り切ってお役目を全うすることだろう。
「エリカ、俺にもなんかくれ。疲れた。今日しっかり寝て、明日の朝には帰るぞ」
「うん!」
「いい経験になったか?怖くなかったか?辛くなかったか?」
「大丈夫。たくさんいろんなことを知れたし、おっとぉはカッコよかったし。私の薬が売れて幸せだしね」
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