第9話

エリカが食事を用意する間に、残って休む者、付近の警戒に当たる者、探索に出掛ける者などが分かれて行動していた。

残る者の中から何人かが、エリカと一緒に食事を作ってくれる。

野外での食事作りは、簡素なもので手早くとるのが当たり前だが、どうしてもエリカには物足りない。

まだまだ育ち盛り真っただ中のエリカにしてみれば、皆がそれで我慢できるのが不思議なくらいなのだ。

味気なく口の中の水分を持って行かれる固すぎるパンも、残量を気にして飲むうっすい酒精と渋さ満点の葡萄酒もどうしても受け入れられなかった。

だから、固いパンを薄く切って軽く焼き、乳脂を塗った上に塩コショウを軽く振り、薄切りにしてから炒めた玉ねぎの上に薄切りの蒸し焼き肉を乗せて、もう一枚の薄切りパンで挟んだものと、燻製肉と携帯用に乾燥させた野菜を使った温かいスープを作った。

最後の一日のご褒美は、色々な果物を蜜と砂糖で煮てから乾燥させた乾燥果物にした。

父娘の二人暮らしで家事料理はお手の物だが、大人数分を作るのは楽しくて骨が折れると初めて知ったエリカだった。

「お、美味そうだな。今日は、肉挟みパンか。俺は、エリカの作る料理は何でも好きだぞ」

周囲の警戒から帰ってくるなりつまみ食いしようとするボイズと戦いながら、エリカは調理の手を速めた。

一旦帰ってきた人たちも含めた全員に食事を配り終わると、やっとボイズの隣で食べ始めたエリカは、冒険者たちの笑顔と美味いの大合唱で胸がいっぱいになった。

ボイズはいつもおいしいと食べてはくれるし、残すこともしない。

でも、他人が自分の作った料理で幸せそうに笑う姿もいいものなのだと、またしても初めての事を知る。

今回の異常事態の中で、エリカはたくさんの初めてを知り、色々な事を学習し、既に実りの多いものとなっている。

あとは、無事に氾濫を終息させることが出来れば、これ以上ない初討伐依頼完了となるだろう。

隣でエリカの様子を見ているボイズもまた、氾濫の早期終息と全員の無事の帰還と娘の成長を願うのだった。

「よし、交代で寝るぞ。体力気力ともしっかり回復しろよ。エリカ、お前もだ」

「はい。おやすみなさい」

乾燥果物の対価として後片付けを免除されたエリカは、素直に寝床に入って行く。

明日の朝は茹でて裏ごしした黄色いつぶつぶのポンプンと魔羊の乳を混ぜたスープだけでも作って、みんなに飲んでもらおうと決めてから目を閉じた。

緊張と興奮で大張り切りだったエリカの体は、すんなりと疲れに負けて眠りに落ちていった。


何度かの多少の魔物との戦闘を経て明けた朝の割には、みんな比較的に元気だった。

エリカの作ったスープに固いパンをちぎって浸し腹にため込んでから、今日は更に奥にあるはずの氾濫発生地を探す。

「昨日の夜、私、起きれなかった…ごめんなさい」

そんなエリカの申し訳なさを、みんなはおかげでおいしい朝食にありつけたのだと慰めてくれた。

その気持ちが有難いやら申し訳ないやらで、昨日以上に張り切るエリカをみんなが微笑ましく見守っていた。

「おっとぉ、今日は何に遭遇すると思う?だんだん魔物が強くなってる気がするの。私、皆の足手まといになりたくない」

「不安か?でも、エリカは足手まといじゃないから、大丈夫だ。強くなってると思うのは正解だぞ。昨日の夜、ダークコボルトやレッドキャップが出てきたことを考えると、オークやオーガ位のやつは、出てると思っていいだろうな」

「オークやオーガ…大きくて強い奴だね。オークなら足をすくえば何とかなるかな。オーガは…わかんないけど」

「オーガ系は総じて皮膚が固いし、固体によってはかなり早く、また武器の扱いに長けている者も多い。属性魔法や強化魔法は必須になるな」

「毒や麻痺は効果ある?」

「基本的には、その方向性で合ってる。えらいぞ」

「よかった。さっき、麻痺毒作るための薬草摘んどいたんだ。最悪投げつけるよ」

「オーガの咆哮を正面で受けると、気絶してしまうことがある。正面にはなるべく立つなよ?」

「わかった。おっとぉは?大丈夫だったりするの?」

「おっとぉは、気絶したことないなぁ。逆に一歩下がらせたことは、あるぞ」

「すごいね!威圧?ってやつ?」

「そうだな、威圧と言われているものだな。エリカのおっとぉは、結構凄いんだぞ?自慢だろ?自慢してくれていいんだぞ?」

「いや…うん。まぁ、知ってるよ?」

「……急に冷たいな」

勉強になるやらなんやら…と一行が呆れ出したころ、周囲に存在感あり過ぎる気配が満ちてきた。

あっという間に一行を取り囲んだ気配は、木々が倒れる様な大きな音をさせながらゆっくりと姿を現した。

「ちっ、早いな。近いのか?」

「オークの群れだ、囲まれてるぞ。油断するな」

「支援達を守る様に、円陣を組め」

「強化早く」

「すぐに」

一気に戦闘への準備に入ったが、それより先にオークの持っている大槌の一撃が襲ってくるのが見えた。

「させねぇ、よっ!」

大戦斧を大きく横に構えて上からの大槌を受け止め弾き返すボイズが、そのままの勢いで大戦斧を袈裟懸ける様に振り抜くと、大槌を弾かれたオークの半身からどす黒い血が噴き出した。

それを待っていたかのように動き出す冒険者、呆気にとられた様に動きに躊躇を見せたオーク。

結果は、言わずもがな。

20を超えるオークの死体の山は、一瞬と言っていいほどの体感時間で積みあがっていった。

「さて、デカいのが隠れてやがったな」

「あんな図体を、どーやって隠してたんだかな…」

「将軍様のお成りだぜ」

「強化、回復、支援遅れんなよ!」

「言われずとも!」

第二戦目の始まりは、ボイズの大戦斧の風を切る音から始まった。

唸りを上げて振り下ろされた大戦斧を体の前で構えた大剣で受け止めたオークは、衝撃で一歩下がっていた。

僅かに体勢が崩れたのを見逃さずに追い打ちをかけるボイズに、強化の支援とオークの動きを止めるための魔法が続いた。

周りからの矢や魔法は、見事にボイズの動きを阻害せずにオークの足や腕を止めていた。

思うように動けずに苛立つオークの大ぶりな一撃は空を切り、目玉に目掛けて放たれた火炎球が命中する。

目玉が焼かれて叫びながら暴れ出すオークの首に、魔法での支援を受け上空に飛び上がっていたボイズの一閃が決まった。

音もなくあるべき位置からずれていったオークの頭は、ゴドンと音を立てて地面に転がっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る