第3話 春雷と共に3

 馬車を使わず、4人で目的地まで歩く。何度も馬に乗った者や私達同様に歩く者とすれ違ったが女性2人が歩いている姿を見かけることはなかった。




 「目立つわね。」




 「わかってたことじゃないですか。」




 「ま、今日はたまたまって感じだけど。けっこう女の子、来るよ。」




 涼しい顔で爛は言う。




 「欄様の演習の時は多いですね。」




 初めて口を開いたのは、憂榮だった。




 「わかってるね、憂榮。そ、僕の時は多い。今度見に来なよ。って言っても来ないだろうから、朔君とする時にでも。」




 「気が向いたら、ね。」




 「あそこでしょうか。あのでこぼこしている……」




 桃の指さす方を見ると、木製の柵の向こうにいくつもの小高い山が見える。




 「そう、あそこだよ。やっぱり歩くと距離あるね。足、大丈夫?」




 「ええ、覚悟はしていたわ。」




 近づくとその鍛錬場は、右と左に分かれていた。立て看板には、右軍は、『王・覇』、左軍は、『合同』と書かれていた。




 「朔君は、合同の方だから、左かな。」




 「ねぇ、右は王家と覇家が合同ってこと?」




 「そうみたいだね。」




 爛は、他人事のように言う。




 「今日は、爛様の兄上様方が王家と一緒に演習するということですね。爛様は、あまり興味がありませんので。」




 「そういうものなの。」




 「苑がどこの鍛錬場で朔君が何をするのか知らないのと一緒で、僕もそこまで兄には関与しないってこと。」




 「そ、仲悪いもんね。」




 「……知ってるなら聞くなよ。これだから……はぁ。」




 何か言いかけ、爛は、言葉を紡ぐのをやめる。4人は、合同と称された左軍の基地へ近づくと、集まった者たちは、休憩中のようで、笑い声が飛び交っていた。爛は、知人らしき人物に「敵情視察か、女侍らせやがって。」と声を掛けられていた。




 「苑、桃。何してんだ。」




 正面から慌てた様子で駆けてきたのは、紛れもない、兄である朔だった。




 「見に来たの。ダメ?」




 わざとらしく困ったように言えば、朔も同様に困ったような顔になる。




 「いや、ダメじゃねぇけど、相手してやれないぞ。」




 「大丈夫。ね、ところで、私にいい人いないの?」




 他人に聞かれないよう耳打ちをすれば、朔は、思わず、「お前っ。」と大声を出すので、透かさず脇腹に拳を入れる。




 「ね、声大きいから。どうなの?」




 「お前、いい加減に諦めろよ。俺からの紹介だろうと、父上からの命だろうと変わらないだろ。」




 「分かってないわね。政略結婚だなんて、いいことないと思うの。私は、割り切れる自信がないから。」




 「嫌だったら戻ってくればいいだろう。」




 「そんな家柄に泥を塗るなんてできるわけないじゃない。」




 「朔くん、苑、僕たちもいるんだけど。大事な話なら家でやってよね。」




 こそこそと話してることを怪しく思ったのか、そこで爛が口をはさむ。




 「すまん、爛、憂榮。ここまで連れてきてもらって悪かったな。」




 「いいよ、僕ももうやることないし。ついでだし、見学していこうかな。」




 「いいのか、それなら苑も喜ぶ。開始までもうすぐだ。怪我にだけは注意してやってくれ。じゃあな。」




 朔は、そう言って仲間の方へ戻って行った。




 「桃、話せなかったけどいいの?」




 「うん。見れただけで十分です。」




 桃は、じっと朔の後姿を見つめている。




 「ふぅん。噂には聞いていたけど、本当なんだ。」




 「噂って。」




 「桃ちゃんと朔。何度か一緒にいるところ、目撃されてるよ。」




 「桃、2人で出かけたりしてたの!?」




 あまりにも衝撃的だったので、思わず、声を上げると私の驚き様に爛は、吹き出す。




 「その反応だと、もしかしてそれだけ近くにいたのに、知らなかったんだぁ。わっかりやすいのに。苑って、出会い求めるわりには、初心だよね。男からの文を片っ端から撥ねるからこんなことになるんだよ。」




 「こんなことって、私は別に困っていないわよ。しかも、出会い求めるって、そんなはしたないことなんて……」




 言いかけると辺りに始まりの合図か、破裂音が何度も鳴る。




 「始まったねぇ、演習。さて、朔君はどんな活躍をしてくれるのか。」




 腕を組み、爛は走り出した者たちを眺めている。その表情は、真剣だった。




 この演習は、戦場を想定し行われるが、味方同士で怪我をしては元も子もないので、手合わせした相手が転倒するか降参の意を表明すれば、その者から戦線離脱し、城内から退場する仕組みとなっている。時間内に残った者の割合が多い方の軍が勝利となるのが規則らしい。




 少しずつ相手がこっちの陣地に流れ込み、何人かは左軍の基地へと戻ってくる。




 「僕、ちょっと離れてみてるよ。」




 「待って、私も行く。」




 「桃ちゃん1人にできないだろ。」




 「憂榮さん、桃のことをお願いします。」




 「苑、人の使いに勝手に指示するなよ。ま、いいけど。」




 そう言い、爛は、歩き出したので、それに続く。爛に王家を見たいと言おうか迷う。彼とは、日ごろから文を交わしていることもあって、私が他の男性ともやり取りをしていることは知っているだろう。しかし、父親同士の口約束ではあるが王家の1人息子と婚約していることを私の口から言っても良いものか迷っている。これは姜家、私の問題であるし、口止めしていたとしても彼が他の者にうっかり言ってしまうことで互いの名誉にも関わってくるだろう。彼から情報を引き出すならある程度言葉を選ばなければならない。妙に鋭く、敏感なところがあるので、もしかすると勘付かれる可能性もあるが、それは仕方ないだろう。

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