選びがちではありますが~憂鬱な婚約の行方~

みさか つみ

第1話 春雷と共に

 年が明け、まだ寒さが続く日のこと。今日も時間稼ぎという名の花嫁修業に勤しんでいた。嫁ぎ先に困っているわけではなかったが、申し込まれても、パッとしない者ばかりだった。それはある種、困っているのではないかと突っ込まれるかもしれないが、断じてそれはない。それは、私自身が自らの意志で断っているのだから。付き人である夏か桃とうには毎度のことながら呆れられ、両親には、またかと落胆させられる。それでもなお、首を縦に振ることはない、私はかなりの頑固者だと思う。わかってはいる。政略結婚でなく、恋愛結婚が良いと、この身分では稀有なものに憧れを抱いているのは、親しい者にしか明かしてはいない。飽きもせず何度も文が送られてくるのは、私がそれなりの身分であり、いつしか私が折れるのを皆待っているからかもしれない。そんな折に事が起こったのだ。文の束を片付けていると、扉が叩かれる。




 「苑えん様、旦那様がお呼びです。」




 そう声をかけたのは、桃だ。彼女とは、物心ついた頃から一緒にいる。彼女は、私の家と同じく武家の娘であるが、私の父親の方が上席であるため、私の遊び相手兼付き人として当てがわれた。夏家には、兄が2人おり、夏家当主は娘にはさして興味を抱かず、私の父の申し出を快く引き受けて、今に至る。




 「えぇ。何だろ。何か言ってた?」




 お父様がわざわざ呼び出すなんて珍しい。遠征帰りで何か贈り物でもくださって、そして、その代償に武勇伝でも聞かせられるのかしらん。贈り物という点で、胸が躍る。父親のセンスは当てにならないが、高価なものはやはり嬉しい。呑気にそんなことを考えながら父の元へと赴く。




 「お帰りなさいませ。もしかして、遠征土産?」




 にこにこしながら問いかけると、父もにこにこしている。よく見ると、兄、母も席についている。これは、何かあるなと察し、それに倣い席に着く。




 「こんなに揃って。お土産の争奪戦かしら。」




 「いや、お前にだけ。あるいは、この一族か。」




 一族、その言葉を聞き、嫌な予感がし、私の笑みが消える。




 「王おう家の一人息子をお前にどうかと言われた。こんな話、一生ないぞ。これで一族は安泰だ。」




 その言葉に反射的に返す。




 「絶対嫌。」




 「もう快諾している。姜きょう家は満場一致だと。」




 「私はいいって言ってない。どこの誰かわからない人と。」




 「お前、王家を知っているだろう。まぁ、相手には会ったことないだろうが。ということだ、文でもしたためておけ。」




 そう言い放つと父親は席を立つ。




 「え、これで終わり。嘘でしょ。」




 それから母上、長男の朔さくは口々におめでとう、と言う。




 「苑ちゃん、つまらない文ばかり飽きてきたところでしょう。よかったじゃない。」




 「そうだぞ、やっとパッとする相手が見つかったんだ。」




 2人はけらけらと笑う。




 「それは、私が決める。政略は嫌だって言ったじゃない。」




 「もう決まったわ。近々、顔合わせがありますからね、きっと大丈夫よ。」




 母は、柔和な表情で告げるが、私は、困惑することしかできなかった。後ろに控えていた桃は、ぼそりと「よかったぁ。」と言っている。ぎろりと睨むと口を押える。皆して私の意見を尊重しない、あり得ない、今まで自由が許されていたのに。




 「お前は知らないだろうが、王家の一人息子は、家柄だけじゃない。なかなかの武人だぞ。誰しもの憧れの的だ。」




 朔が得意げに言う。




 「知ってるわよ。たまに父様や兄上が話しているじゃない。でも、私は、会ったことがない。……そもそも、どうしてこんなことになったのよ。」




 「さぁ。いつしか戦で酒を交わした時に当主同士でそんな話になったらしくて。」




 「え、じゃあ、ただの口約束じゃない。白紙でしょ、それ。」




 朔の情報に希望が見えた気がした。




 「それがそうじゃないんだよなぁ。戦が終わって、こっちに帰った後、また酒の場でその話になって、正式に文を送ると言われたらしくて。まぁ、まだその文は届いてないんだけど。あの王家当主が酒の場であってもそんな冗談を言うはずがないから確実なんだよな。」




 「……兄上はいいの?私が嫁いでも。」




 そう聞くと、困ったような表情になる。




 「お前、どうしてそんな発想になるんだ。いいに決まってんだろ。ずっと家にいて、俺の未来の嫁をいびられても困るしな。」




 「何それ、兄上に恋人なんかできるわけないじゃない。私みたいに文が届くわけでもないし。」




 「いるぞ、そこに。」




 兄上が指さす方を見ると、呆れ顔の桃がいる。




 「……本当に?」




 「ごめんなさい。苑様にちゃんとお相手が見つかるまで内緒にしようって話になったのですが、やっぱり気付いてなかったのですね。」




 「お前、意外と鈍感だもんな。気づいてる奴は気づいていたんじゃないか?」




 その会話を聞いていた母上は、まぁ、と言う。




 「2人も結婚しちゃうだなんて、うちは何て幸せなのかしら。ね。」




 母上の能天気な言葉にぐうの音も出ない。私の人生、これからどうなるのか、不安しかなかったのは言うまでもない。


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