第12話、祝賀晩餐会

「お仕事が終わったのなら、大広間にごちそう食べに行きましょう!」


 ミシェルが私の腕にすがりついてくる。


「大広間? ごちそう?」


 話が見えず、私はきょとんとする。ミシェルは、いたわるように私の腕をなでながら、


「セザリオ様が『今夜は祝いだ』とおっしゃったとき、家臣の方が『厨房係に伝えてきますね』って言っていたじゃありませんか。それで料理人が腕を振るってくれたのですよ」


 そういえばそんな記憶も―― 私は手のひらで額を覆う。いろんなことがいっぺんに起こりすぎて、ついさっきのことが何日も前に感じられる。


「メイが執事長に、今夜はブリューム地方から帝国の兵士たちが無事に帰還したお祝いだと伝え直しに行ってくれました」


「でも今の話を聞いたらぁ、セザリオ様が帝国のトップに立ったお祝いのほうが良かったですねぇ」


 のんびり話すメイに、


「ねーっ」


 とうれしそうなニーナ。


「気になっているんだけど、二人はどういう関係?」


 私の問いに二人は沈黙し、顔を見合わせた。ややあって口を開いたのはニーナのほうだった。


「セザリオ様、だまっていて申し訳ありませんでした。実は私、メイから真実を知らされていたのです。でもミシェル様はご自分の言葉で打ち明けたいとおっしゃっていたので、私からセザリオ様にお話しするわけにはいかなかったのです」


「そうなんです、セザリオ様」


 と私の腕をやわらかく引っ張るミシェル。「僕がメイとニーナに頼んだことなのです。お叱りなら僕が受けますから……」


 愛らしいまなざしで上目遣いにみつめる。


「いや、叱らないけど――」


 私が気になってるのはそこじゃない。私は単刀直入に訊いた。


「で、メイはどっち?」


「メイは男の子ですよぉ、セザリオ様。そうでなけりゃミシェル様の身辺のお世話をするとき色々問題があるじゃないですかぁ」


 ミシェルがくすくすと笑いながら、


「僕たちは幼いころから異性装を極めていてセザリオ様のとはレベルが違いますから、なかなか見抜けませんよね」


 フォローするような口調で言ってるけど、私のことからかってるわね!?




「ヴァルツェンシュタイン帝国の新たな平和を祈って――」


 私はグラスを高くかかげた。


「乾杯!」


「「「乾杯!!」」」


 大広間に皆の唱和する声が大きく響く。 


 城内の者たちには、病をわずらった皇帝が療養に専念できるよう、期限を定めず皇太子が政務を代行すると伝えられた。


 国民には明日、正式に発布する予定だ。諸外国には順次、文書で伝えられる。現実には明日国内向けに通達を出した時点で、そこかしこに潜伏する近隣国の密偵が本国に早馬はやうまを走らせるのだろう。


「セザリオ殿下、すべて首尾よく進みましたことお祝い申し上げます」


 グラスを片手に近付いてきたドラーギ将軍が祝辞を述べて敬礼する。


 すでに夜も更けていたが、まだ城に残っている者は望めばだれでも晩餐に参加できることとした。これから皇太子セザリオの治世が始まるのだ――偽物だけど。使用人のひとりひとりにも変化を感じて欲しかった。


「ドラーギ将軍。あなたには今後、私の近衛兵隊長としての任務についてもらいたいと考えている」


「光栄です、セザリオ殿下!」


 再度敬礼してから声をひそめ、


「皇帝陛下の飼っていらっしゃった近衛兵がまだ残っておりますからな。妙な動きをされないよう、セザリオ殿下も身辺を固めなければなりますまい」


「そう、私もそれを恐れていたところだ。新近衛兵の人選は任せてよいか?」


「もちろんでございます」


 ドラーギ将軍にだけは、私がルシールであることを打ち明けた。兄の好戦的な性格を知っていた彼は、ブリューム紛争で私が和平交渉に訪れたことを不審に思っていたそうで、「これでようやく理由が分かりました」と納得した。将軍は正義のない戦いを止めてくれた私に感服して、今回の茶番に乗ってくれたのだ。


 等間隔に下がったシャンデリアの下で、人々は酒を酌み交わし歓談する。この城にこんな明るい雰囲気が戻ってきたのはいつ以来だろう。それは私とミシェルの婚礼の儀のときのような偽りの微笑ではない。


「皆、心なしか安堵しているようだな」


 ようやく挨拶に訪れる家臣たちが途絶えたので、ニーナにこそっと話しかける。


「ブリューム地方から兵を引きましたからね。それだけではなく、つねにどこかでいくさをしている状態からようやく抜け出せるのが、皆うれしいのでしょう」


「ふぅむ…… だが――」


 私は腕を組んで、


「皇太子セザリオはあまりよい噂を立てられていなかったようだが?」


「ああ、それでしたら」


 ニーナが得意げな笑みを浮かべながら人差し指を立てた。


「皇太子殿下がブリューム自治領と和平を結んだという知らせにみんなが意外な顔をしていたとき、私が吹き込んでおいたんですよ。殿下は本来、平和を愛する方だが皇帝陛下の手前、そのご意志を隠していらっしゃったのだと。妹殿下のルシール様が、真正面からバカ正直に陛下をご説得なさったために冷遇されるようになったのを見ていらっしゃるからって」


「バカ正直ですって?」


 思わず素に戻る私に、


「ん? 直情型のお人柄、と申し上げたのですよ?」


 申し上げてないない。


「それにしてもよくニーノなんて新入りの侍従になりながら噂を流せたわね」


 声をひそめる私に、ニーナも私の耳元に唇を近づけ、


「いえいえ、私は今も侍女と侍従の二重生活ですよ。ルシール様付きの侍女が一人しかいないのに、突然消えたらおかしいじゃないですか。ま、最近あまり見かけなくなったのは、西の塔で看病しているからってことにしていましたけどね」


「なるほど」


 私は声の音量を戻して、


「ニーノ、お前は本当に優秀な侍従だ。これからもよろしく頼むぞ」


 彼女の肩を力強くたたいた。

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