第41話 蛍、事件では無かったが悲しい話に巻き込まれる
「いいえ、部活の一環で石探ししていたら偶然拾っただけですから、大したことではないです」
『渡羽図川のトパーズ採集ですね。私も先月行ってきましたがだめでした。おまけにチェーンが切れて指輪を落として踏んだり蹴ったりだったのです。ところでお礼は本当に不要ですか? 大事な物を見つけてくださったから何かお礼をしたいのですが』
話し好きな人かもしれない。長引きそうだと思いつつ、指輪のチェーン云々は気になる。お礼は貰うと言ったらまた先生に怒られそうだ。
「いえ、本当にお礼は要らないです。状態からしてチェーンの傷以外は綺麗だから落とし主は困ってるだろうと」
『いえ、何かさせてください。あの指輪は形見だったので』
お礼は要らないし、早く先生をおちょくりたい、もとい励まさないとならない。しかし、指輪の話も気になる。
「ならば、お礼の代わりに指輪のお話を聞かせてもらってもいいですか? 形見というからには恋人の指輪だったのですか?」
鈍感力発揮した蛍には何気ない質問でも、本来なら不躾な質問だ。相手もこれで引いてしまうことが多いが、今回は違った。
『いえ、兄の形見です。あの世で兄に会うまで私が預かっているという方がしっくりくるかな』
蛍は訳が分からなかった。女性向けの指輪をチェーンに通して肌身離さずにつけているのが兄の形見?
今、何かと言われているLGBTなのだろうか?
『昔の話です。兄には片想いしている人がいました。でも、その彼女は当時は別の恋人がいたのですが、それでも密かに思っていたようです』
なんか三田先生と似たシチュエーションだ。
『そんな彼女は恋人と別れ、兄とお互いになんとなくいい感じになっていたと嬉しそうに話していました。告白するときはあの指輪をプレゼントにしようと作ったそうです』
付き合う前に指輪って重い気もするが、昔の感覚と今は違うかもしれない。相手も満更でもないのなら問題は無さそうだ。なぜ形見なんて事態になったのだろう。
『ところが、兄に病気が発覚します。腎臓病でした』
「えっ……」
『治療をしましたが、透析となり腎移植が必要となりました。でも、当時の技術では私を含めて、家族や親戚の誰もが型が合わず移植不可能でした。透析をしながらドナー待ちとなりましたが、それでも不安と焦りがあったはずです。
そして兄は悲壮な決意をします。付き合う前ですが彼女に冷たい態度を取ったのです』
「そ、そんな、病を打ち明けずになんでそんなことを」
『恋人を失い、手に入れかけた幸せもまた失うかもしれない、失わなくても心配をかけてしまうし、女性なら結婚も視野に入れている年齢でしたから先の見えないことで無駄な時間を使わせたくない。悲しい思いや苦労をさせるなら嫌われてしまう方が彼女の傷が浅いと判断したのです。
当然、彼女は混乱して詰め寄りますが兄は冷たい態度を続けます。私も彼女と交流があったので連絡しても繋がらないと相談を受けましたが、透析中だから会わせられないと答える訳にも行かなくて。最終的には振られたようです』
「……」
予想外の展開に蛍は黙ってしまった。
『それが原因かわからないけど、兄は間もなく悪化して亡くなりました。遺言書は残っていたけど、指輪は弟に預けるとあって私の手元にあります』
「えっと、彼女さんはお兄さんは亡くなったことは知っているのですか?」
『兄に口止めされていました。死後に真相を知ったら自分を責めて余計な罪悪感や悲しみを背負わせるだろう。そんなことはさせたくないから、一切知らせるなと』
「そんな……」
『だけど、それはさすがにと思って一周忌の頃に真相を伝えようと連絡したら家族が出て、彼女は亡くなったと。お前の兄のせいだと罵倒されたのでそういう亡くなり方をしたのでしょう』
「そんな、あなたは何も悪くないのに!」
『今でも私は弟として後悔しているのです。
もし、本当のことを知ったら彼女も覚悟して最期までそばにいてくれたかもしれない。兄もあんなに早く亡くなることは無かったかもしれない。その間にドナーが見つかったかも、と。そして彼女も生きていてくれたとも。
その前にもっと早く贈り物をしていれば。私が病気発覚の前に何気なく言った『まだプレゼントに指輪は重たくない?』と言ってしまったことも余計な一言でした。指輪を支えにして生きていてくれたのかもしれないと考えることもあります』
さすがの蛍も涙目になっていた。たらればの連続だけど、プレゼントが遅れたことによる負の連鎖だったのではと、原因は自分だと、この人は今も自分を責めて苦しんでいるのだ。
『だからね、似たようなことで悩んでいる人には「自分に振り向かなくてもいい、あなたを心配して想う人がここにいる」ということだけは伝えろと言っています。その事実だけでも心の支えになって立ち直れる人がいるだろうと。そして、変な気遣いより素直になりなさいって』
もはや完全に蛍は泣いていた。いくら恋愛に鈍くてもこんな辛いすれ違いの話は涙が出てしまう。
「ご、ごめんなさい、辛いお話させてしまって」
『いえ、誰にも言えなかったことだから吐き出せて楽になりました。石川さんももし、あなた自身がそうなったらそういう人が必ずいますし、似た状況の人がいたら励ましてあげてくださいね。
ああ、だいぶ長話になりましたね。本当に見つけてくださってありがとうございました。指輪はあの世に持っていって二人を仲直りさせるその日まで身に付けています。女物アクセ付けてるからいろいろ誤解を受けてますがね』
伊藤は最後に軽く笑ったが、蛍は空元気だと思った。
「伊藤さん、他の誰が何て言おうとあなたは何も悪くないです。いえ、誰も悪くないです。あまり背負わないでください」
『ありがとございます』
どうやって電話を切ったのか覚えていない。それだけ衝撃と悲しみの強い話であった。
『蛍、そろそろ皆の元へ戻ろう。心配しているかもしれないぞ』
「あ、魚川君。いたんだ」
『まあな、“ず~も”ではないから黙っていた。人は時に想い合うために悲劇が起きるな。彼も悲しみと苦しみが癒える日が来ればいいのじゃが。今回は事件では無かっただけ良かったと思え』
「うん……」
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