55話 獣人への警戒

 ――今日の朝食は‥‥‥お、スープか。食卓には湯気が立ち込めており、ほのかに肉の香りが漂っている。食欲そそるぜ。


 セシリーとティアナが食卓に揃って、俺たちの朝食は始まった。


 スプーンでスープを探ってみると、どうやら山菜が多く入っていた。お椀を持ち上げると、ほんわかと熱が伝わってくる。この若干、鳥肌が立つ感じ。


 そしてそれを口元へ運ぶ。温かいスープが喉を通ってお腹の中へ。体が内側から温められる。あったけぇ‥‥‥。


 この屋敷は森の中ってこともあって結構寒いからな。魔族が暮らす分にはどうということはないのかもしれないが、俺にはなかなかキツイのだ。その点を理解してくれてる辺り、さすが俺の従者メイドたちである。


 肉から取ったであろうこの出汁も良い味してる。何の肉を使っているのか、とまで訊くのは止そう。大体想像がつくが、あまり考えたくない。


「ヒロト様」


 ティアナが呼んだ。


「どうした?」


「昨日の獣人は今日もこの屋敷へ来るのですか?」


 ターギーのことだった。彼については今日の内に話しておこうと思っていたが、やはりティアナも気になっていたらしい。


 当然だ。最初は俺もびっくりした。魔王軍幹部の屋敷に、働きに来たというのだから。


「ああ、来るだろうな。金のために」


 俺の答えにティアナとセシリーは首を傾げた。


 ‥‥‥ターギーがめちゃくちゃ有能なので忘れていたが、あいつ、やたら"金のため"と叫んでいたんだったな。一見、不気味なヤツだ。


「ヒロト様が起用なさるということであれば心配は無用だと思いますが、念のため彼の素性を確認しておきたいと存じます。万が一のことがあってはなりませんから」


 ティアナはそう言った。


「万が一‥‥‥というと?」


「ヒロト様の暗殺を企てている、など」


「なっ‥‥‥」


 ティアナの一言で、俺は彼女らがターギーをどれだけ警戒しているかが推し量れた。


 となると確かに、もう少しターギーのことを知る必要があるな‥‥‥。俺が良くても、従者メイドらが警戒しちゃ、ターギーもティアナたちもお互いに気まずいだろう。


「ターギーが居る内に素性の確認がてら自己紹介でもしてもらおう」


「ありがとうございます」


 まぁ目的はどうであれ、ダライフに貢献してくれるなら俺は大歓迎なのだが。


 ――そういえば、確認しなければならないことがあった。


「ターギーはカネカネ言っていたが、魔族にも通貨はあるのか?」


 "金"のことである。少なくとも俺たち人間は、金貨や銀貨といった硬貨を用いて交換条件を成立させている。なのでターギーには当たり前のように接していたが、もしその"金"がないならば、取引が成立しないのだ。


 まぁ、何かとテンプレに忠実で面倒なことは都合が良いように設定されているような世界なので、魔族にも通貨はあるのだろうが。


「「ございません」」


「‥‥‥え?」


 口がポカンと開いて表情が止まる俺。二人が口を揃えて聞き間違いのしようがないくらい確かにそう言うので、俺は硬直してしまったのだ。――さながら硬貨に描かれた絵のように。


「我々魔族は、定期的に魔王城から食糧などの配給があります。それゆえ、そもそも取引を行うことがあまりないので、他の種族が使う硬貨それのような価値交換媒体はございません」


 このようにティアナが説明してくれた。


 なるほど配給制か。そりゃ確かに自分たちで売買をする必要がないな。魔王軍ってのはどんなにブラックな企業なのかと疑っていたが、超ホワイトだったんだな。驚きの白さだ。


 しかし、となると困る。ターギーは俺から金を貰えると思って働いてくれているはずだ。金への執着心は伊達じゃない。それで金はないとそのまま伝えれば、彼は発狂するかもしれない。


 獣として、本能にままに破壊行動を起こすかもしれない。


 ターギーのパワーは凄まじい。ヘルブラムほどとまではいかないが、屋敷を潰すくらい造作もないだろう。


 それだけはあってはならない。幸いまだ朝なので、ターギーが来る前にどうにか言い訳を考えて――


「どうもヒロト様! 今日も今日とて金のために働きに来た!!」


 ‥‥‥屋敷の外からそう声を張る男が居た。


 うーーーん、ちょっとヤバいかも。



 *  *  *  *  *



  「――お二人には、挨拶がまだだった!」


 ターギーを屋敷に入れると、彼はまるでティアナらの警戒心を読んだかのように二人の前に立ち、自己紹介を始めたのだった。


「俺はターギー! 見ての通り獣人だ。ヒロト様に"ダラダラ"を提供し、金を貰うために来たのさ!」


 ティアナが一歩前に出た。


「お金を目的としているのは分かりましたが、何故わざわざ魔王軍幹部の屋敷で働こうと思ったのです? 相手が格上の存在であることは明白。相応のリスクを伴うと承知しているはずでしょう」


 お、おぉ‥‥‥。ティアナはぐいぐいと攻めるなぁ。やはりターギーのことをかなり警戒しているようだ。それだけ俺を守ろうとしてくれてるのはありがたい話だ。


 だが警戒云々じゃなくとも、確かに何故ターギーがここを訪れたのかは気になるところだ。もしかしたらターギーも"ダラダラ"の魅力を理解していて、俺にシンパシーを感じたのかもしれ――


「ここが一番金を稼げると思ったからだ!!」






 ――――えぇ‥‥‥。

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