41話 古代魔法使いの災い

 俺は、屋敷の周辺を境界壁シールドで覆った。屋敷を完全に空けることになるので、その間境界壁シールドで守っておくのだ。境界壁シールドは一度張れば俺がそれを解くまで、どれだけ離れても効果を発し続ける。ただ、かなり疲れることにはなるけど‥‥‥。


 どうしても嫌な予感が拭えないので、念入りに対策をしておくことにした。


「よし、行こう」


「了解!」


 俺達はティアナらを探しに駆け出した。


 勢い良く走るターギー。あっという間に木々の間を駆け抜けていく。心地良いほどのダッシュだ。‥‥‥うん。だから――


「ちょっと待ってくれぇぇぇ!!!!」


 俺は全くついていけなかった。獣人の身体能力高過ぎだろ‥‥‥。


「じゃあ俺が背中におぶって行こう! これも一つの労働、金のため!」


 両腕でガッツポーズを決めるターギー。


「お、おう。‥‥‥助かる」


 ありがたいけど、ちゃんと素直なところがな‥‥‥。


 俺はターギーに背負われ、いよいよティアナらの元へ向かい出した。



 *  *  *  *  *



「くっ‥‥‥。どうやら計算を間違えたらしい」


 森の中で一人、少し荒い息で木に身体を寄せるアズサ。転移魔法でクーゲラス森林に来れたまでは良かったが、おかげで魔力を大方使ってしまっていた。


「兵士どもを飛ばすので使いすぎたか。‥‥‥残っている魔力は三割程度。不死兵アンデッドを消して、転移魔法で帰還‥‥‥。かなりギリギリだな」


 アズサが扱う古代魔法は発動に時間がかかる上、消費魔力が凄まじい。特に転移魔法は物理法則を無視して空間上を移動する魔法で、一度のそれでアズサの一割ほどの魔力を奪う。今回は大量の兵士を異なる三ヵ所の座標へ転移させており、消費魔力はさらに大きかった。


 何より古代魔法の一番の難点は、身体へ大きい負担をかけること。今のアズサの体力は産まれたばかりの子鹿に近く、立っているのでやっとの状態だった。


「やはり一人で行くのは無茶だったか‥‥‥。――いや」


 アズサは自分がふと吐き出した弱音に唖然とした。


「――なぜウチは他人を頼ろうとしている?」


 頭の悪い他のヤツらなど当てにならないはずだ。対等な取引をすることはあっても、こちらから一方的に頼ることは決してあってはならない。


 アズサは首を二、三回振り、木から離れた。小刻みに震える足を押さえて、歩き出した。


「独力で対処する」


 アズサは森をゆっくりと進みながら考える。不死兵アンデッド――もとい、それらを操る者の目的は何か。


 何者かが、この辺りの地帯を支配下に置こうとしているのか。しかし、支配することが目的ならば、この地帯に不死兵アンデッドを満遍なく配置すればいい。


 ところが不死兵アンデッドは群れを成し、生命を襲えど通る道には目をやらず、明らかに目的地を持っているような動きをしていた。


 目的地はおそらく二つ以上ある。一つは王国である可能性が高い。不死兵アンデッドの大軍の一部が進む王国への進軍方向には、周囲にそれ以外の目立った国や村がない。王国に何らかの恨みを持ち、復讐を果たそうとしているのかもしれない。


 他の目的地はどうだろう。進軍の具合から、不死兵アンデッドの軍勢はクーゲラス森林にも及んでいるはずである。この森で目立つ存在といえば、魔王軍幹部だ。だとすればそちらにも何か不満があるはず。


 つまり、不死兵アンデッドを操る者の目的は王国と魔王軍幹部を襲うことであり、その理由は王国と魔王軍幹部に共通する事物にある可能性がある。


 ――そうであると言い切れる根拠はない。それに、魔王軍が人間と直接的に争うということは今までに数えるほどもなく、双方に共通する事例はほとんどない。しかし、だからこそアズサは、唯一王国と魔王軍幹部が関係する大きな事例を一つ知っていた。


「魔王軍幹部の襲撃‥‥‥」


 それは、一年ほど前の出来事。それまで動くことのなかった当時の魔王軍幹部が、突如レグリス王国を襲撃した。その時アズサは研究に夢中でその事態を知らなかったが、その幹部を勇者一党が倒したという話を聞いた。


 魔王軍幹部の襲撃により、少なくない数の住人が命を落とした。


 魔王軍幹部が襲撃してきた理由の見当がつかない国王は、これ以上魔王軍から攻撃を受けないために、半ば言いがかりで原因だと疑わしい何人かの国民を追放処分にしたらしい。


 魔王軍と王国の両方に恨みを持つ者は居てもおかしくない。


 不死兵アンデッドの数はおびただしい。しかし戦場に見られたのはいずれも下位不死兵アンデッド。一体の戦闘力はとても低く、数だけ集まったところであまり意味がないのだ。


「‥‥‥っ!? まさか!!」


 アズサは気づいた。


 不死兵アンデッドは複数体で融合することがある。それはごく稀なことだが、進軍する不死兵アンデッドは何者かに操られている。つまり、人為的に融合できる可能性がある。


「しまった‥‥‥。あまりに数が多い、多過ぎる!」


 このままでは兵士はもちろん、戦力が分断された勇者一党すらも危うい。そして、この森の被害も甚大なものとなる。


 一刻も早く、奴らが下位不死兵アンデッドである内に殲滅し、ユリウスらにこのことを知らせなければならない。


 アズサは走ろうとして、しかしすぐに足を止めた。そして急いで木の影に身を潜めた。




「――ターギー、急に止まってどうしたんだ?」


「俺の鼻が、敵の匂いを感じ取ったんだ。‥‥‥あそこから」


 ヒロトをおろしたターギーが、ちょうどアズサが隠れる木を指差した。ヒロトはきょとんとしているが、ターギーは目を尖らせていた。


「俺の足からは逃げられない。そこに隠れている人間、姿を現せ!」


 ――あぁ、どうして災いは重なるのだ‥‥‥。


 アズサはそう思いながら、木陰から出た。アズサはヒロトのことを知っていた。


「――魔王軍幹部‥‥‥」

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