40話 万能な獣人
――――しばらくの沈黙。‥‥‥正確には、彼の言葉に俺が反応できていないだけなのだが。
「‥‥‥は?」
‥‥‥すまない。これだけのシンキングタイムを挟んでも、俺にはこの疑問符を浮かべることしかできなかった。
「ここで働かせてくれ!!」
「そうじゃないっ! 聞こえなかったんじゃなくて、意味が理解できなかったって言ってんの!」
もしかしたら俺、このターギーとやらのキャラクター分かってきたかも。
――それはともかく。新任幹部を見に来たでも、攻略しに来たでもなくて安心した。しかし‥‥‥
「ここで働きたいってどういうことだよ? 魔族でもないのに、魔王軍として働くってのか?」
「そう! 俺はここで働きまくりたい!」
両手を掲げて叫ぶターギー。意味が分からない。
「ずいぶんと変わった奴だな‥‥‥」
他種族の元で働く勇気があるとは。けど、そういえば俺も魔族じゃなかったわ。どうにもやる気満々なのは間違いないようなんだが。
「何か目的があるんだろう?」
そう問うと、ターギーは急に穏やかな表情になって、視線を落とした。
「‥‥‥まぁな」
どうやら深い事情があるらしいな。わざわざ魔王軍幹部の元で働く覚悟をするくらいだ。相手は魔王軍。余程強い思いがあるに違いない。何の考えもなしにここを訪れる奴なんざ、ヘルブラムだけだろう。
「で、お前の目的ってのは一体――」
「金」
ん?
「お前の目的は――」
「金」
「目て――」
「金。‥‥‥俺はとにかく金が必要なんだ。一生遊んで暮らせるような大金を、なるべく早く手に入れたいと思っている!」
‥‥‥‥‥‥どうやら今回も例外なく、とんでもなく変な奴がここに導かれたらしい。
俺は一つため息をついて、状況を冷静に把握し直した。ターギーはここで働きたいと言っている。しかしどう考えても普通の思考は持ち合わせていない。
なので、結論としては丁重にお断りしたい。
「‥‥‥金を受け取るってことは、それ相応の働きが必要ってことになる」
「ああ」
「ウチにはかなり優秀な
「もちろん」
という訳で。
「これから君の実力を確かめさせてもらおう」
お手並み拝見ってヤツだな。これで適当に相手して、理由をつけて追い返せば事は済む。俺のダライフを
「望むところだ!」
さて、ターギーには気の毒だが、まぁ頑張ってもらおうか。そして言い渡そう。不合格を――――
* * * * *
「――合格! 最高だよターギー君!! 君こそこの屋敷に必要な存在だ!!!!」
「ああ、精一杯働かせていただこう!!」
なんとターギーはいとも容易く俺を満足させてしまった。
煩くない環境、ダラダラするのに適切な温度調整、一切監視を行わないストレスフリーな振る舞い。そして俺の時々の要望にも完璧に対応してくれる。獣人にこんな才能があったなんて知らなかった。
彼が居れば、ダライフを邪魔する理不尽な神が相手でも、俺は戦うことができる!!
そんなこんなで俺は、あっという間に数時間を過ごしてしまっていた。
「本来時間が長く感じるはずのダラダラを、あまりに快適過ぎて短く錯覚させる実力。もはや恐ろしいな‥‥‥」
ターギーは爽やかに微笑んだ。
「金のためさ!」
爽やかに言うことかね、それ‥‥‥。
――――あれ? 俺はふと、懐中時計を確認した。そういえばティアナたち、ずいぶんと遅いな。そう時間はかからないとは言ってたんだが‥‥‥。何かあったのだろうか。
まぁ
「表情が暗いけど、どうかしたのか?」
ターギーが尋ねた。どうやら観察力も鋭いらしい。
「あぁ、まあ。
何だろう。少し、イヤな予感がする。
「それなら、俺が様子を見てこよう」
ターギーはさらっとそんなことを言った。
「"見てくる"って‥‥‥、明確にどこかは分からないし、そんなに近くもないと思うぞ?」
俺の言葉に、ターギーはガッツポーズで応えた。
「俺は獣人。力や体力には自信があるんだ! どうか任せてくれ!」
なんでもできるヤツなんだなぁ。これは心強い。‥‥‥と、感心してる場合じゃないよな。
どうにもよく分からない、モヤモヤした懸念が残っているが、あまりのダラダラっぷりに感覚が麻痺しているのだろう。ここはターギーに任せるとするか。
「じゃあ、ターギー。頼んでも良いか?」
「お安い御用だ!」
俺はターギーにティアナたちが向かった方角を伝えた。
「
「ティアナとセシリーだな。よし、把握した!」
今日出会ったばかりだってのに、すごく協力的な獣人だ。それに能力値もかなり高い。この仕事も完璧にこなして戻ってきてくれるだろう。
ターギーが、玄関のその向こうへ歩いていく。
――――その瞬間、いくつもの思考が頭を
"
突然、"凄まじい何か"に不安を煽られた。悪寒が走る、というのだろうか。とにかく俺の本能が、このままではまずいと脳に訴えた。
「ちょっと待ってくれ」
俺はターギーを止めた。何事かと、ターギーがこちらを振り向いた。
「俺も一緒に行く」
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