第5章 力への執着

27話 爆発寸前の炎

「ヒロトォォォッ!! 来てやったぞォォォッ!!」


 ――今日は小鳥たちがずいぶんと饒舌だな。何か嬉しいことでもあったのだろう。やはり平和とは良いものだ。今日も今日とてダラダラライフぞ。


「そうかまだ寝ておるのだな! この森を焼き払って目覚ましとしようかァァァッ!!」


「よく来てくれたなヘルブラム! 今日はどうしたんだい!?」


 俺はヘルブラムが行動を起こす前に玄関を出て、そう言った。危ない危ない。庭が焼け野原になるところだった。‥‥‥こいつ本当に何しに来たんだよ。


「起きていたのか! さぁヒロトよ! 俺と決着を――」


「ヘルブラム様」


 ヘルブラムの動きが、木の裏から現れた一人の少女によって制された。この光景は以前も見たような気がする。ヘルブラムはとても驚いている。


「なぜお前がここに!?」


「ヒロト様とお話をされるのではなかったのですか? ‥‥‥念のために後をつけて正解でした」


 どうやらヘルブラムはあの従者メイドを騙して俺と戦おうとしていたらしい。だが、呆気なく見抜かれていたようだな。今回は面倒臭い展開にはならずに済みそうだ。


 ヘルブラムは観念したようで、シュンとしている。‥‥‥なんだか哀れに思えてきた。


 悪いのはヘルブラムだし、俺としてもこいつが大人しくしてくれるのは願ったり叶ったりなのだが‥‥‥。


「‥‥‥ヘルブラム。話をしに来たんだろう? 上げてやるから、来いよ」


「お、おう」


 俺はどういう訳か、ヘルブラムを屋敷に上げることにした。感性豊かな人間ならではの"情"とやらが湧いたのだろうか。魔王軍幹部にもなって相変わらず呑気だな、と我ながら感じた。ヘルブラムの従者メイドは木のそばで姿勢よく立っている。


「えっと‥‥‥、そっちの従者メイドさんもどうぞ」


「いえ、私は――」


「君が居ないとヘルブラム暴れちゃうかも」


「‥‥‥お気遣い、痛み入ります」


 従者メイドもすんなりと屋敷に入ってくれた。まぁさすがにヘルブラム一人で行儀良く席に着いてお話なんてできそうにないからな。


「ティアナ、お茶でも出してやってくれ」


「承知致しました」



 *  *  *  *  *



 居間のテーブルを囲んで、椅子に座る俺とヘルブラム。従者メイドは三人仲良く並んで立っている。


 ‥‥‥気まずい!! 戦闘狂のヘルブラムと一対一で話なんてできる訳がない! 話を成り立たせるためと思って従者メイドさんを連れてきたのに、何セシリーたちと一緒に従者しごとやってんだよ!?


 いかん。俺が口火を切らねばいつまでもこの沈黙は続くぞ。


「な、なぁヘルブラム。どうして俺と戦いたがるんだ?」


 分かり切ったことを俺は尋ねた。するとヘルブラムはまなこを赤く燃やし、表情を明るくした。


「そりゃあ、お前が強いからだ! 一度手合わせした時は見せてくれなかった"星を半壊させる力"!! それを見たかった」


 こ、こいつ。やっぱりそれが原因だったか。畏縮させるためについた嘘がこのような形で作用してしまうとは。はぁ‥‥‥、もしかすると一話完結型のようにあの話はその日限りでリセットされるのでは? と期待していたが、そうではなかったようだ。


 厄介なことになったな。これからずっとその枷を負って生きていかなければならないのだから。


「魔王軍幹部をうんこ我慢しながら小指で倒せるとは、やはりただ者ではないからなぁ!! 居ても立ってもいられなかったんだ!」


 何こいつ。俺のセリフどんだけ細かく覚えてるんだよ。戦闘狂のくせになんでそういうことに限って記憶力が優れてるんだ? 俺不遇過ぎませんかそれ? もしかしてこの世界って俺がダラダラできないように構築されてるんですかね。


 俺のテンションが下がる下がる。そしてヘルブラムの体温は上がる上がる。


「‥‥‥へぇ。本当に戦うのが好きなんだな」


「おうよ! だってのに、冒険者の奴らは俺んとこに全く来やしない。暇で暇で仕方ねぇ!」


 そりゃあお前が力を誇示し過ぎて恐れられてるからだろう‥‥‥。というか、だったら俺の幹部としての仕事も全部請け負ってほしいものだ。きっと楽しい日々になるぞ?


 まぁとにかく、こいつは欲求不満なんだな。炎を扱うだけあって、体内で煮えたぎるエネルギーがもう爆発寸前な訳だ。そしてそれは恐らく、こいつが求める形――すなわち戦闘では発散することはできないだろう。


 トランプでもさせてやろうかと思ったが、もしそれがストレスとなり、ちょっとした爆発で屋敷を破壊されては困る。かと言って炎で魔獣を狩りつくす、とかをやらせるともれなく森が死ぬ。


 やはりある程度実力のある奴と戦わせて、エネルギーを相殺するのが一番だろう。無論、俺自身が戦うという選択はない。極論すれば俺は境界壁シールドに籠り、ヘルブラムが一生境界壁シールドを攻撃し続けることになるからだ。


 俺の理想は勇者様とヘルブラムが戦うという展開だが、惜しくも勇者がここを訪れたのは先日。次にいつ攻めてくるのか分からない。


 ヘルブラムの相手をさせるのはできれば好戦的な奴が良いな。そうでなくとも、戦闘に関心があったり、強くなることに積極的だったりする奴‥‥‥あっ。


 ちょうど良い奴が居るではないか。


「セシリー、ヘルブラムと戦ってみないか?」


 俺はセシリーにそう尋ねた。セシリーは首を傾げた。


「私が、ですか?」


 セシリーはやけに強くなることに必死だ。だったらヘルブラムに相手してもらうのが良いだろう。ヘルブラムは強さで言えば申し分ないし、セシリーは今、俺による指導を禁止されている。お互いに良い刺激になると思う。


「ヒロトよ。そいつはこの前俺がボコしちまったんだぜ? 大丈夫なのかよ?」


 ヘルブラムは不安そうに俺に訊いた。確かに実力差は圧倒的だったし、セシリーもヘルブラムに対して嫌悪感を抱いているかもしれない。


 だがセシリーもヘルブラムも、力に対する執着心は凄まじい。これを機に二人が良いライバルみたいな感じでまとまってくれると俺としては大変好都合だ。


「もちろん殺し合えということじゃない。ヘルブラム、お前にはセシリーを特訓してほしい」


  ヘルブラムとセシリーはどちらも目を丸くした。ヘルブラムは勢い良く立ち上がる。


「お、俺が特訓だとォォォッ!?」

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