10話 使命はほどほどに

 おかしいだろ! どう考えたって「参りました」って言って退散するのがテンプレだろう!? ヘルブラムは俺が星の半分を素手で破壊できると思い込んでいるはずだ。ならばなぜ俺と戦おうとするのか?


「な、なぁ。俺の話は聞いてたよな? だったら――」


「強いヤツと戦いたいのは当たり前だろう!」


 ヘルブラムはメラメラと目を燃やしていた。‥‥‥俺は目を丸くした。


 こいつ、そうか! こいつは――――――――"バカ"なのだ。この世界がテンプレに忠実だからと、ヘルブラム個人の性格を考えていなかった。なんたる失態!!


「今度は手加減しないからなぁ!」


 ヘルブラムは既に拳を構えていた。まずい。極めてまずい。無論、この身を守ることは容易だ。しかしそれではこの辺りが更地になりかねない。もちろん従者メイドも頼れない。


 従者メイドにしたように、ヘルブラムを境界壁シールドで覆ってしまえば良いのでは? と考えるかもしれないが、それも難しい。


 境界壁シールドで覆うということは、隔離された空間を一つ作ることになる。ヘルブラムのことなので、脱出しようと大暴れするだろう。するとその空間に膨大なエネルギーが充満する。境界壁シールドを解除したその瞬間、内部のエネルギーが凄まじい勢いで発散されるのだ。そうなれば屋敷どころか、森が消し飛ぶかもしれない。


 ヤバい。もう頭が回らん。仮にヘルブラムの攻撃を防げたとして、あいつは決着が着くまで攻撃を続けるだろうから、終わらないのだ。


「――うおぉぉぉぉっ!!!!」


 な、なんかめちゃくちゃ燃えてる!? ヘルブラムさんがめちゃくちゃ燃えてる! エネルギーが半端じゃない。おいおいおいおい冗談だろう、相手は人間なんだぞ!?(ヘルブラムの中では"星を半壊できる"人間である)


 ちょ、触れてもない木が燃え出してるんですけど!! もうどうしようもないって!


 あー、終わったー‥‥‥。


「行くぜぇぇ!!」


「ヘルブラム様」


 ――ヘルブラムの動きがピタリと止まった。聞き覚えのない声だ。


「既に時間が来ております。お戻りください」


 森の中から現れた、メイド服の少女。ヘルブラムが顔を青くしている。恐らくヘルブラムの従者メイドなのだろうが‥‥‥。


「あと少し待ってくれぃ! 今良いところなんだ!!」


 ヘルブラムの頼みに少女は首を横に振った。


「夕食を抜きますよ?」


「‥‥‥!!」


 ヘルブラムを黙らせた!? 家事雑事を任せきりにしてることを利用しただと!? あの従者メイド、ヘルブラムの性格や好みを完全に把握しており、それをフルに活用してヘルブラムを制しているようだ。


 ヘルブラムの炎は消沈した、凄まじかった意気とともに。どうやら俺は助かったらしい。


 あの従者メイド、一体何者なんだ‥‥‥。


 俺は、強さだけが全てじゃないことを改めて感じたのであった。


「――ヒロトよ!」


「ど、どうした?」


 まだ何かあるのだろうか。もう勘弁してほしいのだが。


「決して死ぬんじゃないぞ! 俺と決着を着ける、その日までなぁ!!」


 ‥‥‥まったく、本当に面倒なヤツだ。


「ああ、お互いに使命を全うしような」


「我があるじがお世話になりました。失礼致します」


 ヘルブラムの従者メイドは深く礼をし、踵を返した。


 こうして魔王軍幹部の一人であるヘルブラムは去り、事態は終息したのであった――。


 俺は安堵のため息をこぼし、ティアナらを覆っていた境界壁シールドを解除した。するとティアナがかさず駆け寄ってきた。


「ヒロト様! お怪我は!?」


「見てただろう? 平気だ。俺のことよりもまずセシリーの心配をしろよ」


「も、申し訳ありません‥‥‥」


 シュンとするティアナ。


 これだから従者メイドは困る。なぜ俺のことしか見てないのだ? なぜ使命のことしか考えてないのだ? もっと自分を、仲間を気にかけるべきだというのに。


 俺はセシリーに歩み寄った。近くで見ると酷い火傷が窺える。せっかくのメイド服もボロボロじゃないか。


 身体が露出しているので分かった。どれだけ強かろうが、魔族だろうが、華奢な少女であることには何ら変わりない。そんな少女らがなぜこのような酷な扱いを受けなければならない?


 ふとそんな疑問を抱いた時である。


「も‥‥‥しわ‥‥‥け‥‥‥ご‥‥‥ざ‥‥‥」


 セシリーは何かを言っていた。しかし喉も焼けているようで、まともに発音できていない。こいつのことだ。「使命を果たせなかった」と嘆いているのだろう。


「火傷は治るのか?」


 俺はティアナに尋ねた。


「時間はかかりますが、自己治癒は可能です」


 それを聞いて俺は安心した。魔族は何かと便利だな。人間だったらとっくに死んでるだろう。


 あと一つ、確かめたいことがある。


「もし俺が居なかったら、お前らはどうしてた?」


「ヒロト様の屋敷をお守りするため、奮闘していたでしょう」


「お前ら二人なら勝てたのか?」


 俺の問いかけにティアナは表情を曇らせた。


「それは‥‥‥いえ。――しかし! 私共はあなた様をお守りするために身命を――!!」


「それじゃあ駄目だ」


 この際だからキツく説教させてもらおう。さっきの質問で、今回の事態は俺のおかげで・・・・・・収まったことが明らかとなった。これを脅し文句とできるのだ。あいつらに弁論の余地は与えない。


 声を大にして言ってやる。


「――頑張りすぎるな!! ほどほどにしろ!!」


 ティアナはきょとんとした。セシリーは辛そうな表情が変わらない。治癒できるというので、しばらく我慢してもらう他ない。俺は話し続ける。


「俺のためにいろいろやってくれてることには感謝している。けどな、お前らみたく自分の命も顧みず働くことに意味はない。セシリーは逃げなかった。だから死にかけた。死んだら元も子もないじゃないか。死にそうになったら逃げろ! 何もかも放って自分の命可愛さに逃げろ!!」


 え? 俺は弱いのに逃げなかったじゃないかって? しかも追い詰められたじゃないかって? ‥‥‥うるさいうるさい!! 俺は最悪、自分を守れるから良いんだよ!! もしあのままヘルブラムが攻撃してきたら、自分だけ境界壁シールドで守ってたもんねー!


 何にしたってこの説教は従者メイドの在り方を変えるためのものなのだ! 俺については追及させないもんね!


「死ぬまで使命を全うすれば良いって訳じゃない。そういうのを自己満足って言うんだ。というか、死にそうになって逃げるのもまだ異常だ。もっと楽に、自分のために生きろ。以上!!」


 うむ、言い切った。今度こそ風呂に入る!


「ティアナ、セシリーを介抱してやってくれ。頼んだぞ」


「はい、心得ました」




 あー、疲れた‥‥‥。

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