9話 熱は冷めず

 ――――食器洗いをしていた時、その男はやって来ました。


 鑑定スキルですぐに分かりました。私とは比べ物にならない程強い。ヒロト様では瞬殺されてしまうような。人間の冒険者ではないことは確か。戦闘になればすぐに突破されてしまう。しかし従者メイドとしてこの屋敷を守るため、玄関に向かいました。


 巨躯の男は、一言だけ言いました。


「幹部を出せ」


「どちら様でしょうか」


 それから戦闘は始まりました。


 男の凄まじい一撃。目に見える速さでしたが、屋敷を粉微塵にしかねない威力だったため、その拳を、両腕を交差させて受けました。


 動けなくなる程の衝撃が全身に走りました。それだけで膝から崩れ落ちました。次の一撃が来る。


 そうと分かっていても、動けない。


 男の拳には、炎が宿っていました。先程より大きな一撃になる。しかし、何もできない。仮に動けたとしても、私は逃げようとは決して考えなかったでしょう。


 使命を全うしなければならない。勝てないとしても。死ぬとしても。


 炎の拳をまともに受けました。


 衣服は焼け焦げ、身体中に火傷を負いました。どれほどのダメージだったかは、あまり覚えていません。いずれにせよ、私の意識を飛ばすには十分すぎる威力でした。


 私は倒れ、男は私の首もとを掴んで持ち上げました。もう何をする体力も残っておらず、ただ、ぼんやりと視界が分かるだけでした。


 ‥‥‥良かった。私が生きている間、屋敷は無事だった。使命は全うできた。死ねば何もできなくなる。それまでの生を、従者メイドとして全うできた。


 ――そして、ヒロト様がお戻りになられました。



 "お逃げください"


 伝えなければならなかった。しかし、身体は全く言うことを聞かず、男に持ち上げられるままとなっていました。


 ヒロト様に逃げる様子は全く窺えませんでした。むしろ、何かをしようとしているような表情。


 あぁ、私は使命を全う出来なかった――。


 男が手を離し、自由落下した私は地面に這う形となりました。何としても、ヒロト様をお守りしなければならない。それなのに、身体は動かない。


 ――私の身体は何かに覆われました。それがヒロト様の自然技能ユニークスキルによるものだと、気づくまでに時間はかかりませんでした。


 理解のできない行動。ヒロト様は、何を?


 男はヒロト様を殺す気でいる。なぜ逃げないのか。まさか、戦おうとしているのか。弱いのに。人間なのに。


 ――そして薄れる意識の中で、男の拳を受けて平然としているヒロト様を、私はしっかりと目撃しました。



 *  *  *  *  *



「お前‥‥‥、俺の拳を受け切ったのか?」


 ヘルブラムは明らかに自分の目を疑っているようだった。どうにもこうにも、驚きが隠せないらしい。俺の戦略は見事成功したのだった。


 普通に戦えば俺はボロ負けしている。というか戦いにすらならなかっただろう。俺はそんな自分の弱さを逆手にとった。


 相手が弱いと分かっていれば、攻撃は単調になる。例えば、そこら辺でぴょんぴょんしてるスライム一匹に、わざわざ戦法を練るような手間はかけないだろう? 簡単に済むのならそっちが良いに決まってる。


 今回、相手は魔王軍幹部。言わずと知れた強豪中の強豪だ。対して俺は一般人。一撃で仕留められる程弱い。しかしそれでも、ここら一帯をめちゃくちゃにされては困る。そうならないためにも、一方向への攻撃に仕向けなければならなかった。


 そこで、俺が人間である上に、スキルを一つしか持っていないことを告げる。これで俺の印象は、弱いというかバカ。ヘルブラムは俺の思惑通り、単調な攻撃をくり出してくれたのだ。


 俺の自然技能ユニークスキル境界壁シールド》は、空間を隔てる障壁を生成するもの。境界壁シールドで隔てた空間は、互いに干渉できない別空間となる。よって、境界壁シールドで防げない攻撃などないのだ。


 おかげで森どころか屋敷も無傷。庭が抉れちゃったのは、まぁ良しとしよう。とにかく俺の勝ちだ!


 後はヘルブラムの心を適当にへし折って、帰らせれば終わり。


「ヘルブラムさん。あんたの攻撃、あまり大したことなかったね(嘘)」


 ヘルブラムは目を見開く。


「ほんとビックリ。森を消し飛ばせるとか、どや顔で言われても恥ずかしいよ。俺なら素手でこの星の半分は破壊できるのに(大嘘)」


「何だと!?」


 良い驚きぶりだ。このまま一気に押し切るぞ!


「魔王軍幹部ってこの程度で務まるもんなんだね。鼻くそをほじる方がよっぽど難しいや。ヘルブラムさんくらいならうんこ我慢してても小指一本で充分勝てちゃうよ(超大嘘)」


 ヘルブラムはとうとう、膝から崩れ落ちた。はい完璧。この男、素直だなぁ。テンプレに忠実なこの世界では余裕で騙せる。


 さて、今日は疲れたな。チビッ子たちといい、幹部といい、魔族ってのはとことん面倒な種族らしい。風呂にでも入って、さっぱりしますかー!


「名は!!」


 俺が屋敷へと踵を返した時、ヘルブラムが叫んだ。


「貴様の名は何だ!!」


 おぉ、これあれだな。演劇とかドラマの終盤にやるような、主人公が名乗るやつ。うんうん、ここは盛大に格好つけさせてもらおう。


 俺は振り返らず、ただ足を止めた。


「魔王軍幹部が一人。ヒロトだ‥‥‥!」


 決まった。感動のフィナーレ!


「ヒロト! お前を魔王軍幹部として認めよう。さぁ、俺とどっちが強いか、決着をつけよう!」





 ――――――――何でだよ!!

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