3話 魔獣と戦ってみる

 ――――そう言って、外に出たまでは良いのだが。


 一面に広がる、木、木、木。俺の屋敷は、森の中にあった。まぁそんな事実、最初にここにやって来た時から知っていたのだが。


「どうなのこれ? ウチって廃墟か何か? 幽霊屋敷?」


「ヒロト様のお屋敷です」


「知ってるよ!!」


 このマジメイドめ。いちいち英語を直訳したような言葉じゃなきゃ通じないのか? "なぜ、この屋敷は森の中に建てられているのですか?"と訊かなきゃ通じないのか? ‥‥‥もう少し言語の表現について、広い範囲で理解できる脳があって欲しいものだ。


「それでは、お気をつけて行ってらっしゃいませ」


 玄関でティアナが深々とお辞儀をしながら言った。なんとまぁ律儀なこと! 屋敷はティアナに任せ、これから俺とセシリーで魔獣退治――もとい、獲得技能アッドスキルを獲得しに行く。‥‥‥そんな気はさらさらないのだが。



 *  *  *  *  *



 しばらく森を歩いてきた。景色は全く変わらず木々のみ。果たして屋敷に戻れるか不安にすらなってくる。


 それにしてもここら辺の空気は、何となく重い気がする。若干呼吸がしづらい。日光がほとんど届かないので、寒いくらいのはずなのだが、風は心なしか暖かい。不穏な風ってヤツ?


 俺はセシリーに尋ねる。


「ここって他所よそと空気が違ってたりするのか? 酸素と二酸化炭素の割合が逆転してるとか」


 もしそうなら俺は呼吸できていないな。


「私は特に何も感じませんが。強いて言うなら、ここに生えている木は魔樹といって、魔素を生産します。なので他の地帯――ヒロト様に馴染み深い人間の国などよりは魔素濃度が高くなっているでしょう」


「なるほど‥‥‥」


 魔素とは、簡単に言えば魔力を含有した空気のことである。セシリーの言った通り、環境のせいもあって魔素と人間とは縁遠いが、大気中の魔素を利用して大規模な魔法が使えたりするんだとか。ここはそんな魔素が濃いところらしい。


「魔獣は魔素を好むので、言い方を変えれば、このような魔素濃度の高いところには魔獣がたくさん住みつくということです」


 ふむ。つまり、人間が魔素を嫌っている訳ではなく、魔獣が魔素濃度の高い地帯に住むから、必然的に魔素濃度の低い地帯が人間の縄張りとなっていったのだ。それで、普段と違う慣れない空気に俺の身体が反応してしまっていたようだ。


「まぁ仕組みは分かったが、このどんよりする感じ、不気味だな‥‥‥。ゲームでボスの城に入る時のような緊張感?」


 この森でいうボスというのは、恐らく魔王軍幹部である俺のことなんだけどね。


「慣れてください。ここはあなたの支配圏なのですから。さぁ、あそこに魔獣が居ます」


 セシリーが指を指した。その先には、首が三つある大型の犬――ケルベロスが居た。しかも一体じゃない。群れだ。グルルと喉を鳴らし、荒い息でこちらを睨んでいる。うわぁ、怖いんだけど。


「これをどうやって倒せと?」


「簡単です」


 セシリーはそう言うが、俺には思い当たる節が全くない! あいつは確か、手頃な下級魔獣・・・・・・・とか言ってたよな。ケルベロスが下級な訳ないよな?? 


 実はケルベロスの方も怯えてるとかじゃないのかな? 前世の世界で犬は警戒して吠えるらしかったし。


 ――そんな淡い期待が叶うはずもなく、ケルベロスの一体がこちらに向かって駆けてきた。"良い餌じゃねーか、喰ってやる!"って感じだったんだな、きっと。‥‥‥言ってる場合じゃないな。


 即座にセシリーが俺の前に立った。そして拳を大きく振りかぶるとケルベロスを――――――――殴った。


 ケルベロスは吹っ飛び、あまりの衝撃だったのか、殴られた頭部が裂けてしまった。それから木に打ちつけられた肉体は歪み、あらゆる箇所から青黒い血。そのケルベロスは絶命した。


「いやヴァイオレンス!!」


 どんだけグロい殺し方だよ。魔族の腕力ヤバいな。華奢な見た目によらず怖い従者メイドだ‥‥‥。


「さぁ、どうぞ」


「できないからね? 俺人間だからね?」


 確かに俺はそう言ったのだが、既に他のケルベロスがこちらに駆けてきていた。しかも総勢で。無茶キツイぜ、あんちゃんたち。勘弁してくださいお願いします。


「グラァァ!」とけたたましく吠えるケルベロスたち。俺が代弁しよう。"よくも俺たちのリーダーを! ぶっ殺してやる!"といった具合だろうか。


 先頭のケルベロスが跳躍し、上空から襲いかかる。そしてその直前で、セシリーが俺の前から姿を消した。――え? ちょっ、逃げたのか!?




 ――――ケルベロスは弾かれた。俺の正面には、薄く透き通る鮮やかな赤い壁があった。これが、俺の自然技能ユニークスキル境界壁シールド》である。


 次々と襲いかかるケルベロスは、ことごとく俺の境界壁シールドに弾かれていく。


おっ、これ意外とカッコいい画になってるんじゃね?


「守ってばかりいないで攻撃してください」


 セシリーの声だった。俺はキョロキョロと辺りを見渡す。すると後方の木の上に、セシリーが立っているのが分かった。文字通り、高みの見物をしていたらしい。


「だから俺は攻撃はできないんだよ」


 俺は全方位を境界壁シールドで囲い、ケルベロスの突進を防いでいた。


「まったく‥‥‥」


 セシリーは木から飛び降りた。それすら様になっている。なんだこの従者メイド。前世はアクション役者でもしていたのだろうか。


 それからセシリーは人差し指を空で振った。まるで演奏の指揮者のように。


 するとどうでしょう。なんと、ケルベロスたちがどんどん肉体を刻まれているではありませんか。直接触れている訳でもないのに、あれよあれよとケルベロスたちが血を噴き出しながら吹っ飛んでいる。


 ‥‥‥俺は呆気にとられていた。


 まもなく、ケルベロスは全滅した。

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