第347話:先輩の助け

「急報! 偵察隊から報告です。オークキングの周囲に亜空間が発生したとのことです。『扉』を確認しました!」


 その声が聞こえてきた時、セネカは自分の気持ちがガラッと変わるのに気がついた。


 ノルトに言われた言葉はまだ心の中で燻っている。

 それはきっと大事なことで、自分に足りない何かが煙をあげているのだと思ったけれど、一度そこから目を逸らすことにした。


「戦闘準備を始めます。これから領主様と作戦会議をしますが、一部の方には動き出してもらいます」


 マイオルも先ほどまでとは表情を変え、冷静に指示を送り始めた。


「シメネメさん、会議のあと『月下の誓い』は一時休息を取ります。緊急時に申し訳ありませんが、まだ猶予はあるはずです」


「いや、問題ない。もう夜になるし、それが合理的だろう。むしろ一部の準備部隊を除いて仮眠を取ってから動き出した方が良いかもしれない。この事態に眠れる奴がどれくらいいるかは分からんがな」


 マイオルとシメネメがすぐに方針をすり合わせる。

 そんな中でキトが声を上げた。


「効果は薄いですが鎮静効果のある香草液を準備しています。そこまで強くないので怠さが出ることもないし、飲まないよりは休める人が増えると思います」


 どうやらキトは傷薬や毒消しを準備するかたわらで、そんなものも用意していたらしい。頼もしすぎてびっくりする。


「その液を手配しましょう! 兵士にもいくらか回した方が良さそうね。キト、量はありそう?」


「何日か分はあるよ。街の人も含めるとさすがに足りないけれど、戦闘員だけに限れば十分だと思う」


「分かった。三日分を街の兵士に渡してしまいましょう。手配をお願いね」


 キトはゆっくり頷いていた。


「マイオル、オーク討伐隊はどうするつもりだ。最終決断は仮眠後でも良いが方針を聞いておきたい」


 シメネメが言った。これはさっきのノルトたちとの話し合いを経て、結局どうするかということだった。


 セネカたちが考えてきた案では、『月下の誓い』が討伐隊と防衛隊に分かれることになっていた。しかし、冒険者や兵士により多くの仕事を任せることになったので、再配置があるだろう。


「『月下の誓い』の戦力をオークキングに寄せます。これから領主様との話で衛兵の指揮系統を確認しますが、問題なさそうであればシメネメさんに防衛の指揮を取っていただくことを考えています。どうですか?」


「俺は問題ない。その作戦の場合、街の防衛隊はお前らを含めた援軍の到着を待つために遅滞戦術を取る方針になるだろうな」


「はい。そう考えています。オークキングが想定以上の力を持っていた場合、『月下の誓い』側も討伐ではなく、封じ込めに作戦を切り替える可能性があります」


「伝令が必要だな。だが、密に連絡を取ることは不可能だろう。スタンピードの戦線は荒れやすいからな」


「はい。そう考えています」


 マイオルはオークキング討伐を優先した作戦を取る気持ちのようだ。


 セネカたちがオークキングを速やかに討伐して街に戻り、ガイアやルキウス、モフの広範囲な技で街に迫る魔物の群れを駆逐するというのが理想の状態になるだろう。


「改めてここで言っておくが、俺はスタンピードを含めた大規模な戦いに慣れている。だが、現最高戦力である『月下の誓い』の実力は知らない。それにこの地の冒険者の実力もよく分かっていない」


 シメネメは声を大きくして、部屋にいる冒険者やギルド職員を見回した。


「俺が駆け付けたのは昨日だが、マイオルのここまでの作戦や準備には何の破綻もなかったことが分かっている。このことを踏まえて、『月下の誓い』のリーダーであるマイオルが総指揮に相応しいと考えている。それが最善だというのが俺の結論だ」


 みんなが深く頷くのが見えた。色々とあった訳だけれど、その部分に異論があるようには見えなかった。


「ちょっと良いでしょうか」


 手を挙げて前にできたのは『樫の枝』のナエウスだ。

 マイオルもシメネメも首肯した。


「知っている者が多いと思うが、俺はバエティカを中心に活動している『樫の枝』のリーダーのナエウスだ。銀級冒険者ということもあって、この辺りの人間によく顔が知られている」


 冒険者関係で困ったことがあると、とりあえず『樫の枝』に相談が行くとセネカは聞いていた。


「『月下の誓い』はバエティカで生まれたパーティだ。当時はマイオルとセネカしかいなかったが、今では六人になった。ルキウスもバエティカ出身と聞いている。十七歳から十九歳のパーティだ」


 ここにいる大体の人は知っているだろうけれど、改めて周知してくれているのだろうとセネカは感じた。


「セネカとルキウスが金級で、あとは全員が銀級だ。マイオルたちが都市トリアスのスタンピード収束に果たした功績が考慮されて、抜擢されたのだと俺は考えている。それにマイオルの総指揮官の就任は国王筆頭補佐官の推薦でなされた。これはつまり王命だということだ」


 ナエウスが言葉を重ねるたびに周囲の目の色が変わってくるのが分かる。みんなは大まかに事情を知っていたはずだけれど、整理されると受け取り方が違うのかもしれない。


「歳を考えれば不備があってもおかしくないが、ここまで大した問題は起きていない。俺が十七の時なんて、オークから逃げようと丘から転げて沼に落ち、顔を真っ黒にして仲間に笑われていた頃だ。お前らも大体そんなもんなんじゃないかと思う」


 ナエウスは恥ずかしそうに笑っている。セネカたちが会った時にはすでに安定したパーティだったので、そんな時期もあったのかと感じる。


 年上の冒険者は笑っていて、若い冒険者は下を向いている。少し穏やかな空気になった。


「お前ら、『月下の誓い』の顔を見ろ。そして過去の自分に言ってみるんだ。『王命が来て、これから都市に危険が迫るから何とかしてみろ』ってな。困らない奴はいないだろう。年を重ねた今だってどうしたら良いのか分からない奴がほとんどだろうな」


 セネカはジューリアと目が合った。思いやりの強い人なので目に涙を溜めている。


「俺からも頼む。スキルを得たばっかりの頃から見ている子たちなんだ。そんな後輩が眠る時間さえ削って、街を守ろうとしている気持ちに応えて欲しい!」


 ナエウスは深々と頭を下げた。


 それを見て、もしかしたら知らないところでナエウスや『樫の枝』の人たちがこうやって助けてくれていたのかもしれないとセネカは感じた。


 じわじわと部屋の温度が上がってくるような感じがした。

 誰もがこちらを見ていて、目には火が灯っている。

 佇まいに気迫がこもり始めたのだ。


 その視線を受け止めながらマイオルが一歩前に足を踏み出すのが見えた。

 軽やかな足取り、不敵な笑み、こういう時のために練習してきた通りだった。

 あの頃はただの遊びだったけれど……。


「みんなでこの街を守りましょう!」


 身体中に響くような良い声だった。


 マイオルはそこから言葉を続けようとしていたと思うけれど、ギルドの人がまた一人部屋に入ってきた。


「領主様がお見えになりました」


 マイオルは表情を変えずに「分かりました」と答えた。

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