第280話:進む者たち
作戦はガイアの魔法から始まった。
「【砲撃魔法】!」
惚れぼれするような光が走り、煩わしかった木を消滅させた。
「見えた!」
森に囲まれて、いつのまにか見えなくなっていた樹龍の姿をセネカは確認した。思っていたよりもかなり遠くにいることが分かった。
ガイアの魔法は樹龍に当たったが、大きな傷にはなっていなさそうだ。こちらのことを見てもいなくて、優雅に休んでいる。
いつの間にか前にはニーナとプルケルが飛び出していて、横にはルキウスとケイトーがいた。
お互いの位置を調整しながら進むとモフの声が聞こえてきた。
「[綿嵐]!」
強い風が発生し、綿が辺りに撒き散らされる。その綿には流動性があって、前方への流れを作る。
セネカはニーナ達に続き、流れる綿の道に入った。これはモフの[状態変化]の力で、綿が水のような流動性を持っている。
いつのまにか地面に緩い傾斜ができていて、移動の動きが加速する。ストローの魔法だろう。
「薬剤を撃つわ! ガイアは魔力を溜めて!!」
メネニアが叫んでいる。後ろを見るとメネニアとガイアが高い丘のような所に立っている。メネニアはドルシーラ製の魔具を構えていて、樹龍に狙いを定めている。
「行くわ!」
あれはドルシーラが一つだけ作った遠距離用の発射機だ。もしキトの薬が樹龍に効けば、作戦の幅が広がる。
セネカ達は念の為、二人の射線上から離れた。信頼しているからこそ、気兼ねなくやって欲しかった。
キトの薬が入った瓶が樹龍に向かって飛んでいくのが見える。
樹龍は避けるそぶりも見せずにただそれを受け止めた。その瞬間、微かに「じゅわ」という音がして、樹龍の皮膚の色が変わったのが見えた。
「命中!」
ニーナが声を張り上げる。
見事な軌道だった。セネカは知らなかったけれどメネニアは訓練していたのかもしれない。
「撃つぞ! 【砲撃魔法】!!!」
ガイアの魔法が再び放たれる。
白い光が華麗に宙を横切り、樹龍の皮膚の変色した部分に直撃した。
轟音と共に赤い光が舞い散る。その光は、争陣の儀で見た時のように柘榴の花の形をしていた。
そんな攻撃を受けた樹龍の体が抉れていた。
「すごい! 効いてるよ!」
先頭のニーナがそう言って加速する。今が畳み掛ける時だと思ったのだろう。だけど、セネカはすぐに声を発した。
「ニーナ、速度を落として!」
「ニーナ、待ってくれ!」
ルキウスも同じ意見のようで、ニーナに声をかけていた。けれど、セネカ達が言い終わる前にニーナは足を止めていた。さすがの嗅覚だ。
樹龍を見る。さっきの攻撃で皮膚は飛び、肉が見えていたのに、周りから芽が出てきてみるみるうちに傷が塞がってしまった。
「回復能力があるか」
ケイトーの声だ。どう攻略したら良いか必死に考えているだろう。
ガイアの攻撃はセネカ達が持つ中で最大の威力を持っている。あれ以上の攻撃をするのは中々に難しい。
「薬は鱗に効くみたいだね。あと大地が植物でできているから穴も空いている」
キトの薬には樹龍の鱗を溶解する効果がありそうだった。ガイアの魔法ほどの攻撃はできないけれど、力を合わせれば何とかなるかもしれない。
「地面の方は後ろのストローに任せよう。いまは整えてくれると信じるしかない」
セネカは頷いた。できるだけ多い人数で近づき、キトの薬を使ってから攻撃すれば希望がありそうだ。勝てはしなくても『信と力』は示すことができるかもしれない。
セネカは腰につけていた袋から薬剤を発射する魔具を取り出した。
突撃隊でこの魔具を持っているのはセネカとルキウスとプルケルだ。あとは後方のメネニア達に期待するしかない。
「行こう……!」
様子見を終えて再び動き出そうとしたとき、それまでは日向ぼっこをしているかのように力を抜いていた樹龍の様子が変わった。
樹龍はこちらを睨み、ゆっくりと浮き上がった。
「まずい! 何か来るぞ! [帯雷]」
腹の奥に響くような凄まじい気配が広がる。プルケルはサブスキルを発動して、機動力と攻撃力を上げたようだ。
セネカも魔力を引き出し、これまで以上に身体を強化する。自分の身だけではなく、ファビウスも守らなければならない。
さぁ来いとセネカが構えたとき、樹龍が繰り出した攻撃は圧巻だった。
森が迫ってくる。
そうとしか言い表せない様子で、大量の木々が生まれ、セネカ達を飲み込もうと近づいて来た。
「[残虹]」
「[雷装結界]」
プルケルとニーナが切り札の力を使うのが分かった。
「足りるか?」
力を漲らせ始めたケイトーが聞くと、二人は即座に答えた。
「何とかする!」
「このまま突っ込むぞ!」
ニーナはいつも通りだったが、プルケルはらしくない我武者羅な言葉だった。
二人は力を解放しながら走ってゆく。そして自ら森の中に入ってゆき、攻撃を加える。
今は何とか喰らい付いているが、凄まじい物量にセネカは劣勢を悟った。だが、手を貸す前に魔具を持って、近くの木に薬剤を発射した。
木は鋼鉄のように硬そうだったけれど、薬剤がかかったところからドロドロと溶けてゆき、やがて崩れてしまった。
「薬も効くから危なくなったら使ったほうが良い!」
セネカは叫んだ。樹龍を倒すために必要な薬だけれど、辿り着けなかったら意味がない。要所で使っていきたかった。
迫り来る森に圧倒されながら耐えていると、目の前に大きな壁が出現した。それは木でできているはずだが、鈍く光っていた。
「一度態勢を整えろ!」
ストローの声だ。
セネカは改めて状況を確認した。まだ樹龍は遠い位置にいて、いくらでも余力がありそうだ。今は耐えるよりも進む必要がある。
ニーナとプルケルは切り札を出しているが、まだ余力はある。けれど、時間が経てばすぐに消耗し切ってしまうだろう。
どうすべきか。そう考えているとニーナの声が聞こえてきた。
「プルケル! 全力で進もう!」
それは捨て身になるという意味だと分かった。どうせ消耗するのであれば、力を使って出来る限り進もうという意志だ。
「……そうだな。それが良い」
目の前の壁に木が激しくぶつかってくる。この様子だとすぐに打ち破られるだろう。
休憩は数回深く呼吸するくらいの短い時間だったけれど、おかげで覚悟ができた。
「ストロー、ニーナ達をちゃんと回収してね!」
「当たり前だ!」
セネカが叫ぶと遠くからストローの声が聞こえてきた。倒れたら助けてくれる仲間はいる。
「信じてくれる!?」
ニーナがみんなの顔を見ている。
「当然だ!」
一番早く大きい声を出したのはケイトーだった。いつも無口で余裕たっぷりのケイトーがそう言った。
セネカもルキウスもファビウスもニーナの言葉にはっきりと答えた。
「……みんなと会えて良かったよ」
ニーナは少しだけ涙を目に浮かべてそう言った。
自分たちの反応のせいでニーナ達が命を落とすかもしれないということをセネカはよく分かっていた。
無茶をする。
限界を超える。
本当に死ぬかもしれないときに足を踏み出す。
これから始めるのはそういう行為だ。
でも前に進まなければならなかった。
「死地に行くのは一人じゃない」
セネカがそう言ったとき、一瞬だけ時が止まったように感じた。
「二人に任せるだけじゃないよ。二人も僕たちに託してよ」
ルキウスが笑うのを見て、セネカは最善を尽くすと誓った。
「何言ってるんだ。みんなで笑って帰るんだろ?」
一番思い詰めた顔のファビウスが無理矢理に笑顔を作ったのを見て、笑ってしまった。
「全員で帰るぞ」
今日のケイトーはちょっとだけズルかった。
目の前の壁が砕けて崩れた。
「突撃開始!」
ニーナが再び走り出した。
プルケルが横についている。
ケイトーが力を練っている。
セネカは地面を蹴りながら、降り注ぐ陽の光を感じた。さっきの話し合いのときに無意識のうちに長い針で自分の髪を結っていたことに気がついた。
ルキウスは横にいて、スキルの準備をしているようだ。
「プラウティアさんもみんなのことも僕が守る」
そして最後にファビウスの声が聞こえて来た。
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