【彩愛】第十一話「罰を下そう」

 アイする人を失い、私は生きる気力も失った。


 きっと彼は私に生きて欲しいと思っていたのかもしれない。しかし、私は何を希望に生きればいいのだろう。


 一体、私にはあと何が残されているのだろう……。


 私は一体、彼がいなくなるまで何をしていたのだろうか。つい数日前のことが思い出せない……。


 大学へ行き、バイトをして、家に帰って食事をして、家事をこなす。大きい休みには実家へ顔を出し、場合によっては役所で母の代わりに必要な手続きをする。


 そうか……。私にはまだ母親が残されていたのか……。


 私が死んでしまっては、母親の面倒を見る人がいなくなってしまう。


 そうだ忘れていた。母親にとって私は唯一の希望だったんだ……。


◇ ◇ ◇


 翌日、久しぶりに母親に電話をすることにした。


 思えば、誕生日に花嫁衣装はなよめいしょうを貰ったお礼すらしていなかった。今更、数ヶ月前のプレゼントにお礼をいうのもバツが悪い。


 携帯電話を取り出すと電源が入っていなかった。いつから入っていなかったのだろうか。


 行動を一つずつさかのぼって記憶をたどると、三日前に日本からイギリスへ向かう飛行機でアナウンスに従って電源をオフにしたのだった。


 携帯電話の電源を入れると、同じ番号から何度も着信が入っており、全てに留守番メッセージが入っていた。


 メッセージを確認すると、すべて私の故郷――母が住む自治体の市役所の職員の方から「折り返し連絡が欲しい」という内容だった。嫌な予感がした。


 私は慌てて市役所へ電話をした。


 要件は非常にシンプルだった。母が死亡したので死亡届を書いて欲しいという内容だった。


 母は二日前に交通事故で亡くなっていたそうだ。事故なのか自殺なのかはわからない。


 遺体は葬儀会社が保管しているので、火葬するために親族である私に死亡届を書いてほしいという内容だった。


 事務的で冷たい物言いだったが、彼らの仕事に感情が入ってしまう方がある意味問題ではある。


 母が亡くなった三日前は、私が彼に出会ってあれこれ手を尽くしていたころだ。


 辛い状況だったとはいえ好きな男と一緒にいる非日常を楽しんで、親の死に目に会えないだけではなく、そのまま放置していたとは親不孝者以外の何者でもない。


 私はすぐに実家へ向かった。


 死亡届を出し、火葬をするために母の預貯金を確認すると、預貯金は全く無くなっていた。ここ数ヶ月――私の誕生日の少し前から預貯金が急激に減っていたので、詐欺さぎか使い込みか、あるいは出ていって久しい父が金の無心むしんに来たのか、真相はわからない。


 その上で、だまされた事や生活できないことを苦に自殺してしまったのか、本当に偶然そんな時に事故にあっただけかもしれないが、それは誰にもわからない……。


■ ■ ■


『本当に? もっと早く能力を使っていればわかったこともあるんじゃない?』


■ ■ ■


 ――違う、うるさい、わからない。誰にもわからなかったんだ。


■ ■ ■


『突然母親から手紙を貰ったのに、ただ喜ぶだけで返事もしなかったくせに?』


■ ■ ■


 ――仕方なかったのよ。あの時の私は彼のことで必死で……。


■ ■ ■


『あなたのせいで母親は見るも無惨な姿になっちゃって』


■ ■ ■


 ――火葬した母は軽くなってしまった。人の重みなんてこんなものなのだろうか。


 幼い頃から私ばかり苦労して恨んでいた部分はあったが、もっと親孝行しておけば良かったと今になって思う。


■ ■ ■


『本当に? 自分の足枷あしかせにしか思ってたんじゃないの? この人がいなければもっと幸せな人生を歩めたって思っていたでしょ?』


■ ■ ■


 ――違う、私は私なりに母親を守り、大事に思っていた。大変な思いも沢山したけど、唯一無二の母親だったんだ。


■ ■ ■


『もしかして、これも世界からのばつだって思ってる? これはばつではなくただの怠慢たいまんよ? 自分のせいで死んでしまったのかもしれないのよ?』


■ ■ ■


 ――分かっている、私は見るべき大事なものを見落としてきた……。


■ ■ ■


『彼もいない。母親もいない。あとは何が残っているの? もうこの世界には何も残ってないんじゃない?』


■ ■ ■


 ――ちが……わない……。私は……私には何が残っている……?


■ ■ ■


『もうこの世界に未練なんてないでしょ? 残っているのは怨恨えんこんだけ……』


■ ■ ■


 ――レイラフォード……。世界……。私からうばっていったものたち……。


■ ■ ■


 世界はどれだけ私の事が憎いのだろうか。


 世界から彼を奪った私が憎いのだろうか?


 それとも、彼とは関係ないにも関わらずこの仕打ちなのだろうか……?


 こんな世界に価値なんてあるのだろうか……。


 最後に残っていた足場を自ら壊してしまい、私の世界は完全に壊れてしまった。


 私の目の前からガタガタと崩れ落ち、足元には何も残らなかった。


 この世界に残されていたものは全て無くなってしまった。


 唯一残っている彼のアイも、それは世界とは関係なく私の中に存在している。


 だから、この世界には何も残っていない。


 この世界が壊れてしまっても、私が彼のアイを忘れない限り、それが無くなることはない。


 ――彼には悪いが、やはり私は彼を継いで並行世界を渡ることにしよう。


 もう、この世界で私のやるべきことはもう何もなくなってしまった。


 ただし、並行世界を渡ってやることは彼のやっていたこととは逆。


 レイラフォードとルーラシードを出会わなくさせること、それが私に出来る世界に対する反抗だ。


 レイラフォードやルーラシードという存在がなければ、彼は苦しむこともなく、死ぬことはなかった。


 そして、本来の使命を捨て、レイラフォードに取り込まれる前に自ら死を選んだ彼の選択が正しかったことを証明したい。


 そう、レイラフォードとルーラシードは結ばれるべきではないのだ。


 レイラフォードという存在がいなければ世界はこんなことにならなかった。


 この世界を壊す元凶げんきょうとなったレイラフォードは殺さなければならない。


 もちろん、この世界のレイラフォードであるレイラには何の恨みもない。


 レイラには非はないと彼も言っていたし、それには私も同意する。何より見たことはあっても直接会ったことはなく、全く知らない相手だ。


 だけど、駄目。レイラはレイラフォードだから。


 レイラフォードは殺さなきゃいけない。


 それが例え見ず知らずの相手だろうと。レイラフォードであるレイラに、私の方が彼にアイされていたと宣言して勝ち逃げをしよう。あぁ……なんて卑怯ひきょうで最低な勝ち方だろう。


 レイラフォードの殺し方をいくつか思案しあんしたが、私の方からレイラフォードのもとに出向でむくのは私の小さなプライドが許さなかった。


 レイラフォードが自らクンクンと犬のようににおいを辿たどって私のもとに来るように仕向ける。


 私はわざわざづから殺しはしない。レイラフォード自身が自ら死を選びたくなるような、レイラフォードに対してはそんな選択肢を残してやることにした……。


 勝ち逃げした私を逃したままにするような腰抜けなら殺す価値すらない。追ってこれるものなら追ってくるがいい。


 もう彼のいないこの世界に未練は無い。どうせなら世界が私にくだしたばつを、レイラフォードにもくだしてやろう。


 そうだ、結婚式の映像を世界中に流そう。


 世界中から祝福を受けながら全て壊し、私たちのしちサイ』にあふれたアイを証明しよう。


 さぁ、レイラフォードという存在にばつくだそう……!

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