【彩愛】第九話「絶対に嫌です」

 彼は一つ一つ語り始めた。世界のことわりを……レイラフォードとルーラシードに関わる話を……。


 各並行世界のどこかにいるレイラフォードとルーラシード、その二人が出会い、『愛』のエネルギーを生み出すことで未来が枝分かれしていく。彼とヨーコはそれをうながすのが役割だった。


 そしてこの並行世界のレイラフォードはレイラ=フォード。そしてこの並行世界のルーラシードが彼、【ルーラシード】であったと……。


 二人は運命の赤い糸で結ばれ、出会った瞬間に強制的に恋に落ちてしまう。それは本人の意志と関係なく、この世界公認の運命的なカップルなのだ。


 その他にも世界のことわりについて沢山……それこそ覚えきれないくらい……。


「確実に言えることは、元々僕はルーラシードではなかったんだ。恐らく、僕らが探していたルーラシードは、見つける前に事故か病気かわからないが、何らかの理由で亡くなったのだろう。そして、『元』ルーラシードが亡くなった瞬間、次のルーラシードが世界中の人間から選ばれる。それがたまたまそれが僕になってしまった……。僕はそう推測している」


 つまり、本来はレイラという女の運命的な相手はその元ルーラシードの人物だった。


 しかし、その人が亡くなってしまった事がきっかけで、レイラ=フォードは彼と運命的な出会いを果たして恋に落ちることになってしまったということ――か……。



 ――そんなふざけた話があってたまるか……!



 自分に自信が持てずに白黒モノクロな人生を歩んでいた私は、彼と出会ったことで少しだけ彩りを持ち、成長が出来た。


 そんな彼が『世界の選択肢を増やしたい』と言ったから私も応援した。


 しかし、運命という名の力を持つものが私から選択肢を奪っていく……。それによって生まれてくる選択肢に一体どれほどの価値があるのだろうか。


 彼やヨーコがやろうとしていることは崇高すうこうなことだろう。しかし、自分がその犠牲になってしまったと知った瞬間、その選択肢が憎くて仕方ない。


「ありえない話ではないと理解はしていたけど、たまたま当代のルーラシードが亡くなって、何十億人といる中から次代じだいのルーラシードに選ばれる……。この運はもっと別なところで使いたかったね……」


 ――悪いのは彼ではない。


「推測だけど、僕の肉体に出ている症状は『世界』からのばつだと思っているんだ。世界によって作られた運命だとはいえ、レイラちゃんという運命的な女性がいるにも関わらず、ユキナちゃんが心の中にずっといたから世界が怒っているのだろう」


 ――そうだ、悪いのは世界のほうだ……。


「事実、僕がレイラちゃんと会っていた時は肉体や精神に何の異常もない。それがルーラシードとして正常な状態だし、悪く言えばある意味で『世界』から圧倒的な力によって心を乗っ取られている状態なんだ。そして、ユキナちゃんといると理性が戻るのは、僕の心が強くなって『世界』に抵抗しているからだろう」


 ――ルーラシードである彼にはばつくだっているのに、レイラフォードには罰が下らないだって……?


「今はまだ昼しか乗っ取られていないが、きっとこのまま時間が経てば経つほど、きっと心身ともに全て世界に乗っ取られてしまうだろうね。それはつまりレイラちゃんと結ばれることを意味する。もちろん、本来の僕の使命からしたらそれが任務完了の状態ではあるんだけれども……」


 ――彼の本来の使命が終わるということは、彼が私以外の人と結ばれるということ……。


「無理なお願いかもしれないけど、出来ればレイラちゃんのことはうらまないで欲しい。彼女は別に何かをしたわけではないし、むしろ巻き込まれただけで、とてもいい子なんだ」


 ――レイラに非がなくても、このまま彼と一緒になるなんて受け入れられる内容ではない。


「だから、お願いしたいことがあるんだ、ユキナちゃん」


 彼はあの日のように、まるで照れ笑いをするかのように微笑ほほえんだ。



「――僕の気持ちが世界に飲み込まれる前に、僕を殺して欲しいんだ」



 私はあまりの衝撃しょうげきに立ち上がってしまった。


「そんなの駄目っ!!」


「駄目でもなんでも、お願いできるのはユキナちゃんしかいないからね。あと……さっき話した世界の理に関する内容はね、関係者以外の人間――つまりレイラフォード、ルーラシード、そして僕やヨーコみたいな世界を渡る者だけ。それ以外の人間に伝えてしまうと、伝えた者はおよそ二十四時間程度経つと死ぬ仕組みになっているんだ……。つまり、関係者でないユキナちゃんに伝えてしまった僕はこのまま明日には確実に死ぬ。この知識は世界という樹木に実った禁断きんだん果実かじつ、口外したら天罰が下るという仕組みなんだ」


「そんな……。そんなことって、どうして……。私ならいくらでも死んでもいいけど、あなたが死ぬ姿なんて見たくない……」


 彼の言うことは全て信じるとは言ったが、こればかりは信じたくない……。そんなことってあんまりだ……。


「絶対にユキナちゃんは僕を殺してはくれないだろうから、全部説明したうえでこの話をして制限時間を設けようと思ってね。でも、他人に話してはならない話を教えることにもなるから少し躊躇ちゅうちょはしたんだけどさ……」


 彼はバツの悪そうな顔をしている。


 絶対に逃げられない道を作ってから話しだしたんだ、当然だろう。


「人払いして話さなかったのも、うっかり話が広がって死人が出たら困るからなんだ。本当に損な役回りかもしれないけど、これだけはお願いしたいんだ……」


「嫌です……。どれだけ言われても……。私、絶対に嫌です……」


 我慢していた涙が一気にこぼれ落ちた。


 もし彼の言っている制限時間の話が事実だとしたら、もうこの閉ざされた世界では私に選択肢を変える力なんてない……。彼はこのまま死ぬ未来しかない……。


「ユキナちゃん、まだ丸一日あるからじっくり考えて欲しいんだ。僕はこのまま原因不明の発作か何かで死んでも構わないと思っているけど……。出来れば最愛サイアイの人の胸の中で最期さいごの時を迎えたいかな……」


 ――私はハッとした。


 もし自分が彼の立場だった時、私も間違いなく彼の手で命を断ってもらいたいと思ったからだ。


 最愛サイアイの人の手で、胸の中で、最期の時を迎えさせて欲しい……。


「嫌だけど……。嫌なのは変わらないけど……。きっと私も同じ立場ならそう思います……。だから、私が……やります……。ただ、理屈では理解出来てても、まだ覚悟が全然出来てないので、少し時間をください……」


「あぁ、ありがとう……。これで少し落ち着けるよ……」


 ホッとしたのか、彼は壁にもたれたまま気絶してしまった。


 私は焦って彼に駆け寄って体勢を整え、脈を計った。


 その日のうちに死ぬとはいうものの、脈拍みゃくはくなどに異常は無いため、単に限界だったのだろう。


 彼を布団に寝かせ、私はその横で彼の方を向かずに床に寝転んだ。


 ――私は悩んでいた。


 彼の言うことは嘘偽うそいつわりないものだろう。だからこそ、感情があふれてしまいそうだった。


 一つは世界に対する憎悪ぞうお。もう一つはレイラフォードに対する嫉妬しっと怨恨えんこんだ。


 今まで、私はこんなに感情をむき出しにしたことは一度も無かった。


 きっと、全てのことを良くも悪くも諦めていたから、そんなに感情的になることがなかったのだろう。


 しかし、彼のことについてだけは諦めたくないし、彼がこんな事になってしまった原因である世界に対しても強いいきどおりを感じている。


 この世界に対して恨みを晴らすことはできないだろうか……。


 レイラ個人に対しては単純に嫉妬している。しかし、例え彼女に何かしたとしても、きっと私の感情は収まらないだろう。そんなことはわかっている。


 私がみにくねたんでいるのはレイラフォードという存在自体だ。より彼にアイされているのは私であるというのを……。運命の赤い糸を持ってしても、私に愛情アイじょうで勝つことはできないのだと見せつけてやりたい。


 みにくい女の欲望だ。それでも、それくらいのことをしなければ、この気持ちはずっとモヤモヤしたままだ……。

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