【最愛】第九話「勝ち逃げするわ」

 メインデッキからトップデッキへ向かうエレベーターに乗り換え、いよいよ最上階へ向かう。


 エレベーターを降りてトップデッキを時計回りにゆっくり歩いて行くと、一人の姿がチラリと見える。


「あなたがレイラ=フォードかしら……?」


「お前がユキナ=ブレメンテか!」


 そこには黒と赤を基調として、レースやフリルが付いたゴシックロリータの服を着た女性が立っていた。目の下にはクマがあり、パーマのかかったミディアムヘア。


 こうサイを失った瞳がこちらをにらんでいる。


 あの日、画面越しに見たユキナと相違そういなかった。


「どうかしら、この衣装。綺麗きれいでしょ? 私の一番お気に入りの服なの……」


 ユキナが手を上げ下げし、くるりと回って衣装を見せびらかす。確かに美しい衣装ではあったが、その腰には違った意味でも美しく鮮やかな日本刀をびていた。


 あの日、彼の首を撥ねたものだろう。


「そうね……ここに来た目的もハッキリしてないようなあなたには、一体どこから話をしようか迷うけど……。とりあえずレイラ=フォード、これだけは言えるわ。あなたは『何をしても私に勝てない』わ」


 ユキナはレイラに対して不敵な笑みを浮かべた。


「どういうことよ!」


「どうせヨーコからは大したことを聞いてないんでしょ? あなたヨーコから信頼されてないのね、可哀想。代わりに私が教えてあげるわよ」


 スカートの端を持って見せびらかすようにくるりと回りながらユキナが近づいてくる。


「あなた――もしかして彼から聞いたの!?」


 ヨーコが凄い剣幕けんまくでユキナに問い詰める。


「そうよ……。彼のほうから詳しく……。全部話してくれたわ」


「そう……。そうだったのね……」


 ヨーコは何かを理解し、そして様々なものを諦めた様子だった。


「じゃあ、この話からしようかしら。この世界にはという人物がいるのよ」


「レイラフォードって私のこと……?」


「正解でもあり間違いでもあるわ。レイラフォードもルーラシードもみたいなものよ。世界中のどこかにレイラフォードとルーラシードの役職を持った人物がそれぞれいて、この二人はで結ばれているのよ」


 ユキナは淡々たんたんと説明をしていく。


 何かを思い出しながら話しているのか、若干恍惚した表情にも見える。


「そこにいるヨーコと彼は、この世界のどこかにいるレイラフォードとルーラシードを探していた……。そうよねぇ、ヨーコ?」


 ユキナはニヤニヤしながらヨーコの顔を見るも、ヨーコはうつむいたまま黙っている。


壮大そうだいな話になるけど、元々世界というのは一つだったのよ」


「世界……?」


「並行世界って知ってるかしら? どこか似ているけど違った世界、私達の世界は様々な選択によって大きな世界樹から枝分かれするように並行世界が次々と生まれているのよ。でも、どんどんどんどん枝分かれした先っぽの世界には、もう栄養が届かなくなって世界は枯れて分岐しなくなってしまう……。その一つがこの世界」


 突然話の規模が大きくなりすぎて理解が追いつかない。


 並行世界? 世界樹? 世界が枯れる? 何を言っているんだ……。


 ヨーコは黙ったままだ、彼女の答え合わせはもう終わってしまったのかもしれないが、私は答え合わせどころか問題すら理解ができていない……。


「あなたも感じたことはないかしら? 何故か『自分の意志とは関係なく行動してしまった』ことや『理由はわからないけど多分そうだろう』っていう感覚を……。栄養が届かなくなってしまったこの枯れ果てて閉じてしまった世界では、既に未来が決まっているからなのよ」


 ユキナの話を全て信じるわけではない。しかし、ユキナの言うことを信じるならば、ここに来る道中で何度かおぼえがある。


 いつだか、私が理由もなく突然彼にキスをしてしまったこともあったし、今ユキナに会えば何かが終わるという感覚自体がそうなのかもしれない。


 いや、そもそも私はこの光景を以前夢で見たことがあったような……?


「そして、その閉じた世界に新たな種子しゅしを与えて再び分岐ぶんきを生み出すのが、めしべであるレイラフォードとおしべであるルーラシードの存在よ。植物が本能的に受粉じゅふんしようとするように、世界はその二人を出会わせ、その時に生じる『アイ』という強烈なエネルギーをもってサイ世界を広げようとする……。そしてそれをうながす役割をしているのが彼とそこにいるヨーコ――というのが私が彼から聞いた話よ、あってるかしら? ヨーコ?」


 ユキナがヨーコの方を見ると、ヨーコは黙ったまま目をらした。


 沈黙。否定こそしていないが、消極的な肯定こうていである。


「そして、この世界におけるレイラフォードの役職は――何ともややこしいことにレイラ=フォード、あなたに与えられたのよ。そしてルーラシードの役職は彼に与えられてしまった……。だから、あなたと彼が出会った瞬間に運命的な出会いを果たして、その場で恋に落ちてしまった――というわけよ」


「ちょっと待って、私と彼の恋は世界が生み出した作り物だったっていうの!?」


「そう作り物よ……。でも、この話を知らなければ――少なくともあなたは運命的な出会いだと思っていたでしょ?」


「あっ……」


 少なくとも一つ抱えていた問題の答えがわかってしまった……。


「そう、彼は知っていたのよ。あなたとの出会いが運命的なものでもなんでもなく、抱いている感情も偽物だって言うことにね」


「ウソよ! そんなのウソっ!!」


 こんなことって無い……! 私の初恋が、想いが、特別な恋が――全てが作り物だったなんて……!


 違う! 仮に作られたアイだったとしても、私は今も間違いなく彼のことをアイしてる!


「そして、彼が本当にアイしていたのは、誰にも好かれるようなあなたじゃない! この私! ユキナ=ブレメンテよ!!」


「な、なにを根拠に!!」


 ユキナは涼しい顔でこちらを見て笑っている。


「ヨーコォ!! 彼がレイラとキスをしてからおかしくなったと教えてくれてありがとう……! 最初は死ぬほどくやしかったわ! だって私たちはしないということを固く誓っていたんだもの……!! でも、嬉しかったわ……。彼の方から『僕の気持ちが完全にレイラにうつる前に、僕を殺してくれ』って、私の方を選んでくれたんだから!!」


 ユキナが彼を殺した理由は色々と考えた。


 でも、その中にこの答えは無かった。いや、想定外にしても最悪の部類に入る内容だ。


「どう? 悔しい? 自分よりも別の人間がアイされてると知った感想は?」


 一歩、また一歩とユキナは歩みを進める。


 彼女との間にはまだ飛びかかっても届かない程度には距離が空いている。


「私が味わった悔しさをあなたにも味あわせてあげたの、どうだったかしら?」


 ユキナが両手を頬に当て、楽しそうに笑っている。


 この状況で笑えるなんて……。どうかしている……。


「自分がアイする男が殺される場面を、アイで染められた女に見せるため、世界を魅了みりょうして、人を操って、監視して、あなたがテレビを見ている時に映像を流して……。結構苦労したのよ……? でもまぁ、こういう準備は楽しくもあったわ……。結婚式の準備は大変だけど楽しいっていう理由がよくわかったわ……」


「なんでそんなことしたのよ……」


「だって、あなたレイラフォードなんだものぉ。レイラフォードは殺さなきゃいけないでしょ? せっかく殺すなら、私の最愛サイアイを奪われてしまった淡彩たんサイで何もなくなった白黒モノクロの世界……。こんな世界、壊すついでに全部あなたの敵にしてあげたの……」


 クスクスと笑うユキナを見て、この女は怒りを通り越して恐怖を憶えていた。


「どう? あなたにもばつくだったかしら? 私はあなたの知らないところで才色兼備なあなたに存在を否定されたのよ。私の彼に対するアイを否定する者は! 誰であっても許しはしない!!」


 ユキナは腰にびている日本刀を勢いよく抜き、一気に距離を詰めて私に切りかかってきた!


「イッ! 全てを守る力インビンシブル!!」


 大声で技名を叫んだ。


 ユキナの斬撃ざんげきはほのかに青く光る壁にさえぎられ、ユキナは全力で刀を振った反動で刀ごと弾き飛ばされた。


 尻もちをついているユキナの手には刀がなく、吹き飛んだ刀は私の足元に転がり落ちていた……!


「……くっ!」


 こいつをこのままにしては駄目だと本能が言っている……。


 私は一瞬躊躇ためらったが、決心をして刀をひろい、尻もちをついているユキナの胸を一突ひとつきした……!


「うぐぅ……ふふっ……」


 自らの胸を突き刺されたにも関わらず、ユキナは余裕の笑みを浮かべている。


 なんだコイツは……。


「なによ……。何がそんなにおかしいのよ!」


「あなたのその完全なバリア……。私の能力を使って伝え聞いた内容だったから、この眼で見るまではどういうものかわからなかったけど、なるほど、便利な能力ね……」


 ユキナが咳き込んで血を吐いたかと思うと、続いて嘔吐するように大量の血を床にぶち撒けた。


「……レイラ=フォード、私はあなたの能力を知った上で切りかかったわ、元々殺せないことはわかっていた。でも、あなたは違う。明確に私を殺そうと刀を取った……」


 その言葉を聞いてハッとした。私は何をしたんだ……。


 いくら憎い相手だからと言って、自らの手で殺そうとするだなんて……。


「――確かにあなたは私よりも彼にアイされたわ……。ただ、あなたはレイラフォードという役職がなければ彼に愛されるどころか出会うことすら無かった。でも私は違う、私はレイラフォードでは無くても彼にアイされた……。だから彼にとって本当の最愛サイアイは私よ……」


 ユキナの声がどんどんかすれて小さくなっていく。


「だから、私はこの事実を持ってするわ……。あなたはこのまま一生敗北感と後悔を味わいながら、この壊れた世界で余生よせいを過ごすといいわ……。私はもうこの世界には未練なんて無い……。こんな何も残っていない世界なんて……」


 ユキナは不気味に口角をあげる。


「私は同じような悲劇を生まないためにも、他の並行世界のレイラフォードを殺して、レイラフォードとルーラシードを出会わせないようにすることに決めたの……。死ななければ他の並行世界へは行けない……。だから殺してくれてありがとう……。こう見えて私、自殺することも出来ない小心者なのよね……」


 そう言い残してユキナは眼を開けたまま事切こときれた……。


 さっきからずっと黙り込んでうつむいているヨーコに声をかける。


「ヨーコは全部知ってたの……?」


「全部……ではないわ、でも大体は……ね」


 私は怒りに任せて壁を勢い良く叩いた。


 うつむいたヨーコの顔は見えないが、彼女の眼に涙がにじんでいるように感じる。


「ヨーコ、知ってたら教えて欲しいわ。ユキナは死ななければ他の世界へは行けないと言っていたけど本当なの……?」


「………」


 ヨーコは沈黙をたもっている。


 私は彼と出会い、恋をしたこと。そして、ヨーコと彼がやってきたレイラフォードとルーラシードの出会いをうながすこと、私はそれを否定されたくない……。


 それを否定することは彼の存在を――『サイこうアイを否定することになってしまうから……。


 ヨーコはうつむいたまま絶対に私と眼を合わさずに口を開く。


「……じゃ」


「なに?」


「さっきのユキナを見たじゃろ! その通りじゃと言っておる! お主らは本当に人の気も知らず――」


 ヨーコが私の方を向いて大声を出す。


 最期にヨーコの顔が見れて良かった……。


「ありがとう、ヨーコ。あなたが言うなら間違いないわね」

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