【最愛】第四話「急に私ったら」

 私は初めての恋に舞い上がっていた。


 この世の中で初めて『』も好きな人ができたのだ。


 【ルーラシード】さんはとても優しい人で、あれから何度も何度も一緒に出かけた。


 初めてのデート、初めての食事、初めて手を繋いで、初めて抱きしめて、全てが初めての経験で私は彼の色に染まっていった。


 彼は私が一人暮らしをするアパートに来た。


 狭い部屋だったが、その分だけ彼との距離が近く感じた。


 私は手料理を作った。


 料理なんて栄養が取れればいいとしか思っていなかったので、彼の口に合うかはわからないけど、少なくとも愛情を込めて一生懸命作った。


 彼は結構料理を作るのが得意なようで、不慣ふなれな私に色々と教えてくれた。


 まさか私が愛情を込めて料理を作るなんて日が来るなんて思いもしなかった。



◇ ◇ ◇



 季節は移り、カーディガンを羽織はおっていたと思ったら、いつの間にか半袖はんそでの服を着るようになった。


 彼は時々遠くを見ていた。


 公園で一緒に夕暮れの空を見ていた時、彼は夕日がしずむ方ではなく、星の出る方を見ていた。


 ベンチに背中合わせで座り、私は夕日を、彼は星空を見て語り合い、そしてキスをした。


 彼とは手をつなぎ、からめる、そしてギュッと抱きしめる程度でも私には十分すぎるくらい幸せだった。



◇ ◇ ◇



 私は彼のことで頭が一杯のままだった。もちろん、大学には通っていたし、講義だってちゃんと受けていた。しかし、帰ったら【ルーラシード】さんと話したり食事をしたり、心の中心には常に彼がいた。


 あれから私たちは可能な限り、毎日のように会って出かけたり、話をしたりしていた。



 そして、その日も彼と待ち合わせをしていた。


 白のロングTシャツ、そしてこんのボトムス。


 少し前に色診断を受けた時に、私は赤と黒が似合わず、青と白が似合うという結果を受けたので、それを信じて最近は青系の服を買うことが多くなっている。


 派手はですぎず地味じみすぎず、彼の隣にいて相応ふさわしい女性であるよう服装も化粧も心がけた。


 私は自分を卑下ひげすることはない。だから自分の長所が何であるかを分かっているし、自分がどの程度の美醜びしゅう具合かも大体理解しているつもりだ。自分の武器や強さがどの程度かを理解したうえで、それに合う最適な装飾そうしょくをすることが重要だと思っている。


 私は心をおどらせながら、駅前の広場で彼が来るのを待っていた。


「お待たせしちゃったね」


 【ルーラシード】さんがさわやかに現れた。何度会っても、いつ見ても素敵な人で、会う度にれ直してしまう。


 彼はどこへ行こうか迷っている様子だった。


「特に決めてはいないんですが……どこかお店でも適当に回りましょうか。少し疲れたらどこかカフェに入ってもいいでしょうし」


 私は微笑ほほえみながら答えた。


 そうは言うものの、もちろん適当に決めているわけではなく、何パターンもコースを想定して、そのコース上に存在するカフェについても調査済みである。


 私は普通のデートがしたいわけではない。


 運命的な出会いをした最愛サイアイの相手がいる以上、特別なデートがしたい。


 いつもそう思ってデートプランは入念にゅうねんに立てているし、かと言って別にそれが苦でもなんでもない。


 普通の人生を歩んできたからこそ、私は特別なものにあこがれ、そのあこがれが目の前に現れたのだ。そのチャンスに最大限のエネルギーを費やすというのは何らおかしい話ではない。


 だから、私は今日だけではなく、今後のデートプランについてもある程度方針を決めている。どのタイミングでどの程度ステップを進めるのか、最高のタイミングで、最も特別になるよう、私は自分を演出したいのだ。


 そのために、今日は何も進展はしない。今日はまた良きタイミングでステップを進めるための途中にすぎない。


 もちろん、だからといって今日という日をないがしろにしているわけではないし、今日は今日という最高の日を十分なくらい満喫まんきつしている。



◇ ◇ ◇



 ――今日も特に何事もなくデートが終わろうとしていた。


 思っていた通りのルートでショッピングデートが出来たし、オシャレなカフェで【ルーラシード】さんとおしゃべりが出来てとても充実じゅうじつした時間を過ごせた。


 本当は毎日夜までずっと一緒に過ごしたいけれど、そうもいかない。


 お互いにはそれぞれの生活があるし、殆ど毎日のように会っているのだから、夕方くらいに帰る日があるのも仕方ない。


 そう思いながら、彼と繋いでいる手をじっと見た。


 彼がふふっと微笑ほほえむ。もっと長くいたいという心の声が伝わってしまっていたようだった。


「私はどんな長さだろうと、【ルーラシード】さんと一緒にいるだけでもちろん楽しいです。でも、時間の長さなんて関係なく、一緒にいる時間そのものを特別な時間にしたいんです」


 時間の長さではない、そのものの質を大事にする。だから、【ルーラシード】さんと一緒に過ごしているこの毎日は、質も量も最大限まで高めた特別な時間なのだ。


 今日も楽しかった。あっという間に終わってしまうのは残念だけど、また一緒に出かける日がすぐ近くにある。それだけで十分なくらい心がおどってしまう。


 最初の待ち合わせ場所である駅前の噴水ふんすいに戻ってきた。今日はここから始まって、ここで終わるのだ。


 まだ夕方の駅前、人通りも多く、今日はまだこれからという人であふれかえっている。


「大学の関係で多分明後日以降になってしまうとは思うんですけど、都合の良い日があったらすぐに連絡しますね!」


 私は喋り終わるのを待たずして彼に抱きついていた。


 最近は別れ際に一度私の方からギュッと抱きしめるのが定番になっている。


 私は彼を抱きしめた数秒間のぬくもりに満足して離れようとしたが、自分でもどうしてかわからないが、気がつくと私は彼にキスをしていた。


「あ、あれ?」


 自分が一番驚いた。


 もちろん、キスをしたことがなかったわけではない。ただ、こんな人通りが多いところで、それも何も特別なこともなく、ただ普通にキスをした。


 私の中で特別な行為と思っていたものも、無意識のうちに普通な行為になってしまったのかもしれない。それはそれで、彼との関係が進展したととらえることもできるだろう。


「ごめんなさい、急に私ったら……!」


 微笑ほほえむ彼の顔がまぶしすぎて直視ちょくしできなかった。


「あ、あの! 今日はありがとうございましたー!!」


 私はあまりの恥ずかしさで、そのまま周りが見えないくらい逃げるように走り去ってしまった。


 その時どこかで小さく『パンッ!』という音が聞こえた気がする。気のせいだろうか。


 それにしても、勝手にキスして、勝手に恥ずかしがって、勝手に逃げ帰る。予定にないことをしてしまうと、本当に機転きてんが効かないのだなと自宅に帰ってから反省をした。

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