第6話「確定的故意」
連行された
「はぁ!?」
ただし明津一郎の言い分は、
――彼女の人気に嫉妬していた。
その人気とは……、
「ドウジンショウセツ?」
亜紀は思わず調書を取る手を止めてしまった。明津一郎が口にした単語が同人小説だと気付くまで時間がかかったし、気付いても理解が追い付くまで、更に時間を必要とした。
「SNSでリア充っぷりをアピールして、固定の読者もついていて調子に乗ってる。俺がよかれと思ってしたアドバイスは、荒らし扱いにして」
「これだな」
明津が
「IPから……これだろうな」
指差されたコメント欄には、明津一郎がいうような「良かれと思って」という言葉からはかけ離れた――少なくとも亜紀の感性ではそうなる――言葉が
口に出す必要は一切、ない。
一切ないが、亜紀は思わず口にしてしまう。
「私はネコが嫌いなので、こんなキャラはいらない」
良かれと思って、という言葉から受ける印象からはかけ離れてしまっている。
「本編に関係ないウンチクばかり。無価値」
亜紀が読み上げたのは、たった二文だけであったのだが、そこには室内にいる警察官全員に同一の感情を抱かせる破壊力とでもいうべきものがあった。
侮蔑である。
北海道警の警官も大きく溜息を吐き、
「これがよかれと思っていった言葉だとしたら、どういう国語辞典を親に買ってもらってたんだ?」
「親は兎も角……」
亜紀は思わず出そうになる苦笑いを噛み殺した。親の顔が見たいというセリフは誰もが浮かべてしまうのだが、この際、親は無関係のはず。
――事件は
それだけは忘れてはならないというのが、二十歳そこそこながら警察官として亜紀が身につけた信念である。
「それでもブログの記事は続いていますね。折れなかった」
ベクターフィールドからタブレット端末を受け取った亜紀が進めた画面には、善意をかなぐり捨てた言葉が出てくる。
「こんな二次はレイプと同じ。レイプ魔死ね」
送信者と受信者だけしか見られないメッセージであるが、最早「よかれと思って」ではない。
誰もが鼻白む中、ベクターフィールドだけは薄笑いを浮かべる。
「これだけじゃ警察は動けないし、持っていくだけバカな話だったがな。事実、彼女は持ってこなかった。利口だぜ」
ただ亜紀は「黙ってて下さい」と釘を刺すが。
「それでも折れなかった。この流れが、成り済ましの動機ですか?」
「……」
亜紀から視線を逸らした明津一郎が発したのは、反論や返事ではなく舌打ちだった。
亜紀も思わず腰を浮かせてしまうのだが、そこはベクターフィールドが制するように手を
――座ってろ。
言外に代わると亜紀へと告げたベクターフィールは、ゆっくりと机を回り込んで、明津の眼前に腰をかがめる。
「成り済ましたアカウントの最新の一言だ」
出すのは、ベクターフィールドが犯行声明だと断じた箇所。
「ありがとう……どういう意味だ?」
決して、怒鳴っている訳でも乱暴な言葉遣いをしている訳でもないが、口調だけは追い込みをかけるように作る。これは亜紀にはできない事だ。得意不得意ではなく、気性、性格の問題である。
ベクターフィールドの相貌に捉えられている明津は、文字通りヘビに睨まれたカエルであり、開かれた口から出てくる声は、ベクターフィールドの質問に答えるようなものではなかった、
「俺は、成り済まししかしていない。床に擦りつけたコーンのアイスも、誰も食べちゃいない。学校も勝手に他の奴らが暴いていったんだ」
聞いていた警察官たちは、そんないい訳が通用するものかと思ったが、ベクターフィールドはその言葉は使わない。
「そういう事を訊いているんじゃないぜ」
ふぅとベクターフィールドは
「そういう展開を期待して、その結果がどうなるか、想像していたから出て来た書き込みか? って話だ」
それは怒鳴る前の溜めにも思え、明津一郎を
――これが
脅しとも取れる態度と口調は、亜紀では性格的にできない、ベクターフィールドだからこそとれる手段だ。
証言として採用できるのは断言のみ。思う、だろう、かも知れない――そんな言葉は排除したものを引き出さなければならないのだから、口調が強くなるのは当然で、相手を追い詰める事となる。
「頭の隅にはあったかも知れない――」
「かも知れないが通るか」
ベクターフィールドが明津の返事を静かに遮った。
「あったのかなかったのかハッキリしろ。なかったっていうなら、ありがとうと書き込んだ意図は何だ?」
続く言葉が
――ナリは整っただろ。
ベクターフィールドの能力が発動する。
「……そうだ」
明津一郎は隠し通したい意志とは関わりなく、真実の言葉を口にする。
「死ねと思っていたけどな、何より大事な俺の人生が台無しになるのはゴメンだ。自殺しろくらいは思っていたし、勝手に追い込んでくれるヤツがいるだろうと思ってた。でも、俺は追い込んでいない。礼は、そんなところまで行ってくれた事への礼だ」
明津は目を見開き、挑みかかるような視線をベクターフィールドと亜紀へ向けていた。
「俺は何もしてないぞ! 殺人で裁けるなら、裁いて見ろ!」
肩で息をする程、
「まぁ、裁くのは警察の仕事じゃねェしな。だけど罪状は――」
ベクターフィールドから視線を向けられた亜紀は、明津一郎の言い訳に眉を
「自殺する事を想定した上でやったのなら、確定的故意。自殺まで追い込まれるかも知れないと考えていたのなら、未必の故意。殺人罪に次ぐ重罪です」
机の上に出していた亜紀は拳を握り、震わせていた。
努めて平静を保った亜紀だったが、それはベクターフィールドが整えてくれた舞台に対する遠慮だけだ。
怒りはある。
――あなたのような卑怯者は、絶対に容赦しません。
怒りはあっても、いえない言葉だと噛み殺した。
復讐の肯定は、この被害者に相応しくない。だからこそ悲しい事件なのだ。
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