束の間の平穏で新たな恋の華を咲かそうか



俺は今、焦っている。

猛烈に焦っている。



悪ノリ仲間の翔に彼女ができそうなのだ。



俺のクラスには可愛い子が3人いる。

1人は紅紗雪。正直言ってぶっちぎりで1番の美人だ。

だからと言って紅を狙うか?って言われると、超強力なライバル...と言うのも烏滸がましい奴がいるから無理だ。

そもそも連絡先すら交換してもらえない。



次が同率で三崎美香と桜井七だ。

この2人は正直、紅には劣るがそれでも十分可愛い。

そして連絡先も知っているし、割と話していた。狙うなら絶対にここだ。



...そんな三崎美香と...翔がいい感じなんだ!!

許せん!ふざけんな!!!



じゃあ桜井七を狙えばいいじゃないかって?

あぁ狙ったよ!でも既読無視されてるんだよ!!!畜生!!!!!


...桜井に最近いい感じの男がいることは知ってる。

お世辞にもイケメンとは言えない奴だ。

まぁそもそも顔がよくわかんねえけどな。




はぁ〜。彼女ほしい。



そんなことを考えつつ、目的の球場に到着した。



今日は俺の贔屓の球団、

楽楽シルバートンビズ 対 阪阪にゃんにゃんず

の試合で俺の推し選手の登板日なのだ。



俺の席は...っと。

指定されていた外野席に座る。

本当なら贔屓ファンだけが座るエリアがよかったんだが、今日は人気の対戦カードで空いて居なく両チームのファンが入り乱れる席だ。

阪阪ファンは過激だからちょっと気まずいけど、周りを見渡した感じ、まぁ阪阪ファンに囲まれるような席順じゃないだけマシかな。




「うわぁ!まーくんが打たれたぁ!」


「はぁ...」


「ぎゃー!1死満塁でゲッツーかよー」


「はぁ...」


「あぁっ!ぶつけやがってこのノーコン野郎!」


「はぁ...」



....俺の隣に座ってる女の人は着ているユニフォームから阪阪ファンだと思うのだが、ずーっと下を向いていて、阪阪が楽楽をボコボコにしている展開なのにずーっとため息を吐いている。



「おいっ。そっちが勝ってるのに当てつけかよ!」


「はぁ?」



推しがボコボコにされて苛立っていた俺はつい隣に話しかけてしまった。



「うるさいわね。別にそんなのこっちの勝手でしょ?あんたこそさっきからぎゃーぎゃーうるさいのよ」


「はぁ?そんな辛気臭い顔の奴が隣にいられるとこっちの...ッッ」


「...なによ?」



顔を上げたと思ったら、とんでもない美少女だった。

いや、それは今は置いておこう。

それよりこいつは.....



「藤浪...桜?」


「はぁ?なんで私の名前知ってるわけ?気持ち悪。もしかしてストーカー?」


「ちっ、ちげえよ!俺は佐藤の友達なんだよ」


「佐藤って...佐藤優?だとして、なんであんたが私を知ってるのよ?」


「うわ、お前ひどいな。お前らが佐藤にいきなり偉そうに話しかけた時一緒にいたんだよ」


「...あぁ、なるほどね。で?佐藤優から私の悪口を聞かされてたから知ってるってわけね。で、なに?あんたも私に文句?あーあ。せっかく気分転換に趣味の野球観戦にきたのに最悪よ」


「いや?そんなん聞かされてないぞ?」


「え?」


「まぁお前らがどんな会話したのかは知らないけどな。特に悪くは言ってなかったぞ?まぁ態度的に、ちょっと不思議な人達だったとは思ってたけど。可愛くて根は良い子そうみたいなこと言ってたな」


「ッッ...。嘘よ。だって私はあいつに...」


「なんか言ったのか?まぁあいつめちゃくちゃ良い奴だからな。あれだけイケメンでモデルとしても活躍してて、運動も勉強もなんなら歌だってプロ並みに上手いのに一つも偉ぶらないんだぜ?俺みたいな奴らとも普通に仲良く遊んでくれるしな」


「...そう。そっか。

あー、私って本当嫌な奴だなぁ...。

そりゃ、あっさり捨てられるわよね。

ねっ、で、あんた何て名前なの?」


「あぁ?なんだよ急に。俺は田中将大だ」


「ぷっ。ちょっと!あんたがまーくん?雲泥の違いね」


「うるせーよ!」


「あははっ。ごめんごめん。それで、田中将大...ふふっ。ごめんごめん。田中君の推しはまーくんってわけだ?」


そう言って俺をニヤニヤ見てくる藤浪。

くそっ...俺の推し選手は俺と同姓同名だからユニフォーム見て安易だなとか思われてんだろうなぁ...って、ん?


「そういうお前こそ、藤浪選手のユニフォームきてんじゃねえか!」


「べつにー?私は下の名前は違うしー?」



そう言ってけらけら笑う藤浪。

なんだよくそっ...急に態度が柔らかくなったな。

笑顔めちゃくちゃ可愛いじゃねーかよ。

それに話しててめっちゃ楽しいし。

プロ野球が好きな美少女なんてそんな...


「あれ?なぁにそんなに顔赤くして?

ちょっとそんなにムキにならないでよー」


「な、なってねーし!」



気のせい...だよな?



ちなみに試合はサヨナラで楽楽が逆転勝ちした。なんかすっごい気まずかった。



◇◇◇



「ちょっと、佐藤優。顔貸しなさいよ」



放課後、いきなり藤浪に声を掛けられた。



「なんだよ急に。まぁた懲りずに呼び出しか?」


「...生徒会は関係ないわ、個人的に用があるのよ。この後暇してたら付き合いなさいよ。先約があるなら日を改めるわ」



なんか様子が違うな。

今日は...なんかあった気がするけど思い出せないからいいか。こいつの変化の方が気になるし。



「あぁ、いいぞ」


「ありがとう。...着いてきて」



そう言って先導する藤浪に着いて行く。


「ここよ」


「...こんなとこがあったんだな」


「えぇ。生徒会の仕事でね。たまたまここの鍵を私が管理することになったの」



そこは校舎の端の空き教室だった。

鍵付きで、中には生徒用の机も椅子もなく、教卓だけがぽつんと置かれている。

窓もカーテンで閉め切られていて、何のためにある教室なのか全くわからない。



「で、なんだよこんなとこに呼び出して?

闇討ちでもするのか?大体なんで俺はそんなに目の敵にされてるんだ...?」


「違うわよ。 ...ごめんなさい」


そう言って頭を下げる藤浪。


「どうした急に?」


「その...あんたは別に何もしてない。

ただ私の個人的な感情でひどい態度を取っていたの。だから、その...ごめんなさい。許してもらえるとは思ってないけど、けじめとして」



個人的な感情は初耳だな。

しかし謝罪か...。どうして急に。

まぁこいつの俺への態度は客観的に見ても

謝罪が必要なレベルだしな。

まだバレてないと思ったが、早坂のことに気付いて心が弱って、自己嫌悪から今までの自分を省みて反省でもしたのか?

んー。わからん。

俺の知らない何かがあったのかもしれないな。


...まぁこいつは早坂から引き剥がした時点で

正直終わった気でいたが、ここまで弱りきった態度でこられたら"あれ"を出すしかないな。



「別に気にしなくていいぞ。そりゃあ良い気はしなかったけど、こうして謝ってきたならもう言うことはないよ」



「そう...。あんた大人なのね。なんかあんたと話してると自分がつくづく子供に思えて仕方ないわ」



まぁやることしっかりやってるからな。

絶対に言わないけど。



「それより、お前なにかあったのか?

ひどい顔だぞ。可愛い顔が台無しだ。」



具体的には思い人を横から掻っ攫われた顔してるぞ。



「...。なんでもないわよ」


「そんなことあるかよ。じゃあなんだ?俺に謝るのが嫌すぎてそんな顔になってるのか?」


「ッッ...。違うっ!」


「...なぁ、藤浪。俺はお前のことをそんなに知らないけど、もっと明るい顔したお前の方が好きだよ。折角可愛いんだから、辛気臭い顔してたら勿体無いぞ?」



「...なんで、なんでそんなに優しいのよ」



あらら。なんか泣き出してしまった。



うむ。やはり「どしたん?話聞こか?」の破壊力は凄まじい。全く、我ながら恐ろしいぜ。



仕方ないから胸を貸してやる。

わ、力強。頭でも撫でといてやるか。

いやぶっちゃけ君の悩み、

ほとんど俺のせいなんだけどな。



んー...こりゃ抱けるな。

ここなら誰も来ないしやっちゃおうかな?



よし、やろう.....って、あ、やっべ。




「藤浪、今度気分転換に遊びに行くか?」


「ぐすっ...行く」


「と言っても俺はあんま女の子と2人で外出とかできないから、俺ん家で映画とかどうだ?」


「...わかった」


「よし、じゃあ決まり。離してくれ」


「もうちょっと」



それから10分ほど藤浪にしがみつかれたまま時が経った。




「その...ありがとう。また連絡するね」


「あぁ。その時は話し聞かせてくれよ?」


「うん。ありがとう...佐藤」




藤浪と別れた俺はダッシュで自分の家に向かう。




「おっそい!!!!」


「すいませんっ!!」



家の前に約束の時間から1時間以上待たされた紗雪がいた。あー...めっちゃ怒ってますわ。



「今日埋め合わせするって言ったのはあなたよね?いい度胸ね?覚悟しておくことね」



そう言って獲物を喰らう目でこちらを見る紗雪に戦々恐々としながら、部屋に入った。




その後久々にあるものが空っぽになったことはまた別の話だ。



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