④酒場にて(中)
女は店に入ると、俺と少し離れたカウンターに着席した。
酒杯を傾けながら横目でチラチラ見てる俺に気づく気配はない。
これぞ長年モンスターを観察してきた匠の技よ。
女はマスターと挨拶代わりの他愛ない会話をし、メニューを注文する。
「ビールとラブルグね」
ラブルグとは、この店のオリジナル料理らしく何かの臓物の色々な部位を濃厚な……カニ味噌みたいな味の何かで煮込んだ料理だ。
一度、マスターに材料を聞いたが意味深な笑顔を浮かべるだけで教えてはもらえなかった。
謎めいた料理だが、非常に酒に合う。
あの女……、なかなかの酒飲みだな…
ビールが到着すると、女は一気にビールを半分ほど飲み干す。
「フゥ〜、やっぱ暑い日には冷えたビールね」
ん?冷えたビール?
ここのビールは冷えてない。
何故なら、そんな設備はこの店にない(この店にバカ高い魔法道具は買えない)。
だが、確かに女のビールからは冷気が立ち昇るほどキンキンに冷えている。
そうか……、魔法を使って冷やしたのか。
なんて贅沢な使い方だ、……羨ましい!
なんで神様は俺に魔法の才能を与えなかった……。
この店のビールは常温で飲むタイプのビールだが、前の世界の喉越しを味わうビールのほうが正直好きだった。
「せめて俺も冷やして飲みたい……。」
「あ、あの……、良ければ冷やしましょうか?」
気付くと、女がこちらに向いて遠慮がちに聞いてきていた。
なんで分かったんだ?
まさか心を読み取れるのか?
流石、魔法使い……気をつけなくては。
「違ってたらゴメンなさい、こっち見ながら冷やしたいって呟いていたから。」
俺としたことが……、不覚…いや、これは天啓では?
神様が不憫な俺に彼女とお見知り合いになるチャンスを与えるために俺の思考を声に出させたのだ!
酔った俺は、都合の良い想像を掻き立てながら返答をする。
「あ、声に出ちゃってましたか?!すごく美味しそうに飲むから、つい……ね。申し訳ない。」
俺の差し出したビールに女は軽く手を添えると…
「出来ましたよ」
早いな!
あまり魔法には詳しくないが、魔法を使用する為には魔力の調整や魔力を火や冷気等に変換することが必要であり、その制御を定型化したものが詠唱や魔法陣らしい。
詠唱は、大きな力を行使する際に自分自身の魔力を媒介にして信仰する神や契約した悪魔、精霊なんかに力を乞う意味もあるらしい。
魔法陣は毎回描いてたら時間が掛かるんで、よく使う魔法は身に着ける物や身体に刻んだりするみたいだ。
ただ、傷ついて少しでも魔法陣が欠落すると魔法が暴走してしまうから魔法使いは一般的に慎重で神経質な性格をしてる。
この女も魔法陣を刻んだ道具でも使ったのだろう。
ビールを冷やす為の魔法陣を……。
やはり酒への情熱は只者ではないな。
使用魔力については少ないから、詠唱はいらなさそうだ。
考えながら俺はビールを一口飲む。
「うまい!」
思わず叫ぶ。
凍りそうな程に冷えたビールは、更に味わいまで変化しているようだ……というか、本当に変わっている。
すごいな、魔法…まさに前の世界で飲んだビールだ。
しかも、モデルが何の銘柄かまで分かる。
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