④酒場にて(前)
いつもの《白い一角獣亭》に足を運ぶ。
今日のオススメという、南瓜や茄子を鶏肉と一緒にミルクで熱々に煮込んだシチューに似た料理をハフハフ息を吹きかけながら食べ、ビールを飲み下す。
この世界の食事はあまり口に合わないが、この店の料理は気に入っている。
素朴ながらも丁寧に下処理されていて、品種改良もほとんどされていないこの世界の野菜や家畜の苦味や臭味を感じさせない。
ビールも味が濃くて、なかなか美味い。
流通が発展していないこの世界では、遠方製造のビールは高価であり、この店のメニューでは近郊で製造されているその一種類だけだが、果汁を入れたりしてアレンジは豊富だ。
そして、主人と女将の故郷から仕入れているというトマトジュースは、どこかで飲んだような懐かしい味がして、〆に飲めば二日酔い対策にも効果抜群だ。
ほろ酔いで店の中を観察していると、目の前のカウンターの籠に盛られた小さな青い球が目に入った。
前に置かれた木札に1000Gと記されているとこをみると、売り物らしい。
ちなみに、この世界の通貨はGゴールドだ。
まあ、よくあるやつだ。
大体、価値は1Gが1円と考えれば問題ない。
「なあマスター、この青い球は何なんだい?」
俺は一つを手に取りながら尋ねた。
途端に、マスターは今まで見たこともない飛びきりの笑顔でカウンターから身を乗り出してきた。
「おお、よくぞ聞いてくれた!これは私がアイデア商品で一旗揚げようとしてた時に発明した《ネバネバボール》だ。それでな……」
喜々として商品の説明から開発の苦労までを早口で喋り続けるマスター。
それにしても、まだ俺と同じような年なのに妙に年寄り臭い話し方だ。
マスターとしてのキャラ作りの為らしいが…意味あるか?
話の内容のほうは、要するに青い球を投げつけると、球が割れて中から巨大蜘蛛の糸を煮詰めたネバネバが飛び出して相手の動きを封じるらしい。
しかし、なかなか凄い発明なんじゃないか?これ。
モンスター相手に効果があれば、これを欲しがる冒険者は多いだろう。
俺は率直な感想を述べた。
「でしょ〜!……でもね、実際はあまり売れなかったんです。持ち運んでいると、何かの拍子に割れてしまうんですよ。すると、ネバネバが身体や荷物に絡みついて落ちないんですよ。酷いのだとダンジョンの中で動けなくなってしまった冒険者もいて、クレーム殺到です。」
「なら、殻を厚くしてみたら良いんじゃ?」
「殻を厚くすると、モンスターの身体に当たった衝撃じゃ割れないんですよ……。モンスターって硬い皮膚だけじゃないし……、フワフワの毛皮とかね……」
……なるほど、これは迂闊に買えないな。
俺はそっと球を籠に戻した。
「ところで、今日のオススメ料理は美味いね。なんて名前なんだい?」
話題を無理矢理変えられて、マスターは少し寂しそうにしながら乗り出した身を引っ込めながら答える。
「シチューって料理だよ」
?
この世界にシチューは存在しなかったはずだ。
まさか…
この世界には、前の世界と同じ名前のものも多い。
俺が想像するに、それは俺のような転生者が過去に広めたりしたのも一因だと常々思っていた。
それが正しいなら、この世界に俺以外の転生者がやって来たのかもしれない。
少し気分が重い。
転生者は転生時にスキルを与えられる。
それがチートスキルの可能性も高い。
俺のようなハズレスキルは逆にレアだ。
もし、そんな転生者が悪人であれば……。
まあ、シチューの作り方を店で教えてくくらいだから、それはないのかもしれない。
だが、強大な力を手にした人間は、その力に溺れることがある。
そもそも、そんな力の存在自体が世界の秩序を乱す……。
更には、力だけではなく知識ですら危険を孕んでいる。
マスターは続ける。
「最近、うちによく来る魔法使いが教えてくれたんだ……おっ、ちょうど来たよ。」
マスターが指差した先には……
線の細い若い女性が立っていた。
20才くらいだろうか……長髪に眼鏡で、いかにも知的な雰囲気の美女だ。
おっ……おおお………っ
これはタイプだ!
しかも、同じ転生者同士で共通の話題もバッチリだぞ!
俺はさっきまでの憂慮を忘れ、何と声を掛けようか思案し始めた。
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