コボルドの姿を求めて

一行がウルフやスパイダーなどの小物を片付けながらしばらく進むと、

手掘りの荒々しい岩肌だったダンジョンの様相が変わってくる。

幾重にも曲がりくねっていた洞穴は直線的なトンネルになり、

壁と天井は鈍色にびいろの金属のパネルで補強され、等間隔で光源が埋め込まれていた。

トンネルの天井には、その屋根を支えるアーチがあるのだが、

幾重にも鉄棒を交差させたそれは、リベットも無しに留められていた。

明らかに人為的な加工で、サモ領どころか、

帝国の都市部で見かけられるものより、高度で精緻せいちなものだった。


「一体なんだこれは?ダンジョンにどうしてこんなものが?」


サモ13世が驚嘆の声を上げると、ナズーは壁の補強部を触って確かめながら、

目をらんらんと輝かせている。


「この様式はワールイ帝国の以前のアイチ=タヨト藩国ですね。

 3つの楕円が大きな1つの円の中に収められている文様、

 これは藩国の伝統文様ですよ。」


サモ13世は驚きを隠せなかった。藩国と言えば600年も前の国だ。

それが錆一つなく、こんなトンネルを残しているなんて…


「ではこのダンジョンは、その藩国の遺跡か何かだと?」


ナズーは頷いて確信に満ちた声色で続ける。


「かもしれません。藩国は妖精族の力を借りて国を豊かにしていたと聞きます。

 この補強部を見てください。」


リベットは無く、槌で叩いた後も、鉛や錫で鋳掛いかけをした様子もないです。

 これは、コボルドの金属魔法だと思います。彼らは金属が持つエーテルを使って

 自由自在につなぎ合わせられると聞いたことがあります。」


「しかし…コボルドは低級モンスターなのでしょう?彼らにこんなことが?」


「とんでもない、低級、上級の区分は冒険者組合が勝手に決めた、

 脅威度をもとにした定義でしょう?

 彼らが持つ文化的、技術的な程度とは一切関係ありません。」


「ですが、これは面白くなってきましたね。

 彼らがこれだけのものを作り上げているという事は、

 ここはただの廃坑や洞窟がダンジョンになったのではなく、

 かつては藩国の産業拠点だったのかもしれませんよ?

 良かったですね、サモ閣下!」


「はぁ…」


ナズーの満面の笑みにサモ13世は力なく答える。

コボルドのやつら、なんて余計なことをしてくれたんだ!

よりにもよって産業拠点だと!?

ダンジョンというだけでもこちらは困ってるのに!?

しかも見た様子だとかなり高度ではないか…

万が一、とんでもなく高価なものが発掘されたらうちは終わるぞ…?


「しかし、しかしですよ、彼らが操業しているとすれば、

 なおさら退治や略奪をするわけにいきませんぞ。

 冒険者がコボルドから物資を奪うために乱獲を始めれば、

 ただの洞穴になるわけですからな。」


「ですので…そこらへんのことは、

 直接本人たちに聞いてみようとおもいまして。ね?」


指を立てて微笑むナズーが振り返り、トンネルのアーチを指さすと、

その先には黒く丸い毛玉のような物体が鉄棒に抱きついていた。

その表面はふわふわとした毛に覆われており、

三角形の尖った耳が2本、ぴんと空に向かって生えている。

その毛玉が床に飛び降りると、ぽんぽんとリズミカルに跳ねて

ナズーの足元にまでやってくる。

毛玉はふんふんと鼻を鳴らすような仕草をして顔を上げると、

くりっとした黄色の目を瞬かせて、興味深そうにナズーに視線を投げかけた。


「コボルドさんですね、別名「狗鬼」とも言われますが…」


「狗鬼というよりは…率直に言うと耳の生えた毛玉ですな、

 これを相手にするのはいじめか何かでは?」


当然すぎる疑問を口にしたサモ13世に、マーゴが答える。


「いやあ、わしらの知ってるコボルドと違うぞ?普通のはもっとこう…犬っぽい。」


「歩きシーテケが異様な強さでしたし…彼らがダンジョンの魔力を奪ったとかで、

 コボルドの存在が曖昧になってるのでしょうか?

 魔力が薄いと、妖精族の形がぼんやりする、というのは知識で知っていましたが、

 こんな感じにフワフワになるんですねぇ…」


そんなことを言っていると、コボルド(?)が

身振り手振りでナズーに何かを示す。


「はぁはぁ、掘って…トンカチ?きっと鍛冶でしょうか…、

 なるほど、それでそれで?」


「ワンツーパンチ、くるくるばたん…なるほど、それで隠れていたと。」


「ナズー殿には、コボルドが何を伝えようとしているのか、わかるのですか?」


「ええ、おおよそのことはわかりますよ、ふむふむ…」


「どうやらコボルド達がこの鉱山で暮らしていたら、

 キノコのお化けが出てきて大変だったと。」


「それで…ははぁ、私はキノコを倒したので褒美をくださると。

 それはありがとうございます。」


コボルドは嬉しそうにくるくると回って、どこから取り出したのか、

ナズーの指の先から肘くらいの長さの、銀色に輝くつるはしを差し出した。


ナズーがそれを手に取ってみると、驚くほど軽く、取り回しがよかった。

軽く素振りをしてみるが、手首にほとんど負担がかからない。

両端のバランスが握りの部分で釣り合いがとれている証拠だ。

試しに握りの部分を人差し指の上に乗せ、釣り合いを測ってみると、

地面と平行にぴたりと止まった。


「全く揺らぐ様子はありませんね…凄い精度。それに骨のように軽いですね。」


「ナズー殿、それは…銀製のツルハシですか?」


恐る恐るサモ13世が聞くと、ナズーは首を横に振って答えた。


「似ていますが違います、これはコボルド銀ですね。

 …加工は難しいのですが、錆や酸に強く、軽く強度があります。

 かつての藩国で、工具に用いられていた金属です。」


「友好的なコボルドさんたちが言うには、歩きシーテケを退治して

 トンネルの平和を守ってくれるなら、

 こういった道具を分けてくださるそうですよ!」


「…よかったですね、サモ閣下!

 このダンジョンは弱いモンスターが住んでいても、

 その由来のおかげで高級品が手に入る、

 例外中の例外の超優良ダンジョンでしたよ!」


サモ13世はトンネルの壁に寄りかかって呻いた。

ナズーはそれがサモ13世の喜びのあまりの反応と捉えていたが

彼の内心は全くの逆であった。


(バカな…どうしてこうなるんだ…オォ…オォォン…

 俺はまるで人間の形をした不幸そのものだ)


まさかシーテケが俺を裏切るなんて…

あの日、金網の上で俺たちは約束したじゃないか…。

そんな在りし日の、存在しないシーテケとの友情を幻視するサモ13世を他所に、

冒険者たちはやたらと盛り上がっていた。


他にも作れる道具はないかだとか、リクエストにも答えてくれるのか?

そんな喧噪も、もはやサモ13世の耳には届かなかった。

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