よ じ こ

@AMI2001

第1話 卒業写真




 私がフォトブックを作ろうと思い立ったのは、もうすぐ中三という春休み。

友達のサチと一緒にショッピングモールで春服を見て回り、アイスクリームを食べながら、通路の椅子に座って休憩していた時だった。

 目の前に新しくフォトショップができて、大きなポスターが貼ってあった。


―フォトブックフェア。

昔撮ったたくさんの写真、スマホやパソコンの中にそのままにしていませんか?

 ステキなフォトブックにまとめて、新しい命を吹きこみましょう。

 好きな写真を何枚でも選べます。気になる部分の修正も思いのまま。

 楽しかったこと、かけがえのない思い出。

フォトブックを眺めれば、写真の中の止まった時がまた動き出します!


「ねえ、サチ。サチはフォトブックって作ったことある?」

 私は隣に座っているサチに、なんとなく聞いてみた。

「あるよ。ナツミはないの?」

 当たり前のように、サチはアイスをなめながら言う。

「といっても作るのはお母さんだけど。お母さんがそういうの好きでさ。私が赤ちゃんや幼稚園の頃の写真とか、小学校の頃のも全部フォトブックにまとめてるの。うちはおじいちゃん、おばあちゃんが遠くに住んでるから、作って送るとすごく喜んでくれるよ」

 そうなんだ。

 サチの家では、飼っているチワワのフォトブックまで作っているという。急に私も作りたくなった。作るとしたら、まず小学校の時のだ。中学校に入ってからの写真はすべて今使っているスマホに入っているが、小学校の頃の写真は古いスマホにしかない。あの頃使っていたスマホはまだ部屋にあるはずだが、このまま放っておいたら、どんどん古くなって、もしかしたら壊れて見られなくなってしまうしまうかもしれない。

いや、もう壊れてしまっているかも。

そう思うと、なぜこれまで何も考えず放っておいたのだろうと後悔した。あの頃撮り溜めたたくさんの写真を二度と見ることができなくなっていたとしたら、ショックだ。それに、私の祖父母は近所に住んでいるが、小学生の頃の写真を一冊にまとめて渡せば、きっと喜んでくれる。

 その日はもう暗くなりかけていたので、次にサチの家に遊びに行った時、フォトブックを見せてもらうことを約束して、家に帰った。二階の自分の部屋に直行して、ロッカーの奥にしまい込んでいた古いスマホをひっぱり出す。

小学生の時に使っていた、今見るとオモチャのようなデザインの、機能の限定された子供用スマホだ。中学入学のお祝いに最新の機種に買い替えてもらった後は恥ずかしくなって、データも移さないまま見えないようにロッカーの奥に隠してしまった。不思議。どうしてそんなことを気にしたんだろう。子供だったのだから、子供っぽいデザインのスマホを持っていても変ではないのに。

とにかく夕飯まではまだ少し時間があるので、それまでに古い写真を全部見返して、どれを使うか考えようと思った。まだ動くかどうか心配だったが、充電器に置くとちゃんと充電を始めたので、ほっとする。

 確かに、止まっていた時が再び動き出すような気がした。

 充電が少しできたところで、待ちきれず起動して、小学校の頃の写真をながめていると、まるでそれぞれの写真の時間が、昨日あったことのように懐かしくよみがえってきた。

 古いので画質はあまり良くない。撮り方もヘタだ。部屋に遊びに来てポーズを取るサチを、真正面から逆光で撮っていたりする。でもこの時のことはよく覚えていた。一緒にお湯を沸かして豚の絵が描かれたカップ麺を作ろうとしてお湯をこぼし、サチの指にかけてしまったのだ。サチは平気と言っていたけど、痛そうだった。

 ごめんね。

申し訳ない気持ちが、今のことのように込み上げてくる。

 公園で、もっとたくさんの友達と撮った写真もある。小学生の頃にいいなと思っていた男の子もいるが、近所でいつもイジメをしていて苦手だった女の子や、秀才だけど、一度国語で私の方がいい点を取ったら、後ろの席から消しゴムのかすを投げてくるようになった男子も一緒に写っている。

ちょっとフクザツ。残そうか、どうしようか。

 当時流行っていたゲーム機や、大人気で手に入れるのが大変だった話すぬいぐるみもたくさん映っていた。家族で出かけた遊園地で食べた、ありきたりなカレーとソフトクリームの写真まである。

 最後の辺りは、小学校の卒業式の日の写真で埋めつくされていた。

私とサチはおそろいの紺のジャケットとピンクのチェックのスカート。イジメをしていた女の子は振袖に袴姿で得意そうだ。男子はスーツから普段着までいろいろ。担任の先生と一緒に早咲きの桜が華やかな校門の前で、二十人以上ぎゅうぎゅうになって、一緒に写っている写真もある。どれも正式なクラス写真と違って、友達だけでなく先生も表情が生き生きしている。やはり見返して良かった。

「ナツミー、ご飯―」

 階下から母が呼んでいる。いつパートから帰って来たのだろう。夢中で画像を見ていたので、全然気づかなかった。私は古いスマホの画面を消して充電器に戻し、立ち上がった。

 あれ……?

部屋を出ようとして立ち止った。

何か変なものを見た、気がした。

スマホの画面が暗くなる一瞬、みんなが一緒に写っていた画像の背景に見える運動場。その遠くの方に映り込んでいた米粒より小さい黒い人影が、ふっと私の方に向かって振り返った、ような……。振り返って、にっと笑ったような……

 もちろん見間違いだ。そんなことがあるはずがない。

 私は自分の変な考えを打ち消し、それから急いで部屋を出て階段を下りた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る