Umi くらし 4-堺町

Nono The Great

第4話

長方形のFuton Bed のみの部屋にいる。Ladies only と書かれたフロアにある。テレビはイヤホンで聞いていて、小さな穴から冷房の冷たい風が吹いてくる。部屋の電気はカードを差し込むと点灯するのか。テレビの横にはA4ノートを開らける大きさの小さなテーブルがあり、読書もできた。久しぶりの孤独になれる場所だ。長方形の辺の長いほうに沿っては寝れるが、短いほうでは三角座りで精いっぱいだ。なので、長方形の短いほうには寝返りも打てないんだな、いや、打ってしまったらどうなるのだろう。不思議の国のアリスが小さな瓶に入って涙の川を流れていく気持ちがこの年でやっとわかるのだろうなとも思った。

私の部屋の隣も、またその上も、その上の隣も、下も、全く同じ部屋で、部屋の近くに脱いであるスリッパで在部屋、不在部屋がわかるし、玄関のスリッパ置き場にその部屋の番号のスリッパがあれば外出だとわかるシステムだ。居るか,居ないか。居ないか、居るか。なので、生きてるか、死んでるかは、わからないシステムでもある。

長方形の部屋を出て、大きなスライドドアの向こうにはロッカールームと、シャワー、レストルーム、それに壁掛け型テレビのある団欒室があり、冷蔵庫もあった。冷蔵庫の横にはマジックペンがおいてあり、 「お名前をかいて冷蔵庫に入れてください。」と書いてあるのを見て、アメリカでの寮生活を思い出した。


当時、アメリカンダラーは1ドル90円台で取引されており、案外お手軽にアメリカンライフをエンジョイできたのだ。しかし、そんなに裕福ではないので、学校の近くにある寮生活をしたのである。2人のアメリカン、1人のヘイチ人、そしてFuckin’Japaneseの4人くらしだ。食べ物に名前を書かないととんでもないことになった。卵を買っても、買っても、なくなるのである。チーズを買っても、買ってもなくなるのである。そう、買っても、買っても、なくなって、だれもなにも言わない。盗まれるあなたが悪いのだそうだ。名前を書かないと。

しかし、名前を書かなくても盗まれることがなかったものがある。新鮮なタコだ。たまーにシアトルからやってきた、たこの足だ。ルームメイトたちが帰宅する前に、酢だこを夕食に作っていたのだけれど、めんどくさくなったので、足をそのまま食べていた。仲良く帰宅した3人のルームメイトに振り返り、「How’s your classes?」と、タコの足を口からはみ出しながら質問したら、悲鳴を上げ、ドアを閉めて「You fuckin' devil!!!」と言って逃げ出したのである。彼女たちは、まさしく、蛇を食す中国人を初めて見た私のように、人が、タコを食べているのを初めて見たのだった。

それから、名前を書かずにほったらかしていた卵を盗み食いしたKateが、腹をこわし、名無しのミルクを盗み飲みしたRosieが胃腸炎になり、プリンと思って豆腐をたべたMs.Wongon from Haitiが謎の変頭痛に襲われ、とうとうFuckin’Japanese 一人の住む寮になってしまったのである。


はじめは、なんだか孤独が楽しかった長方形の部屋だが、三日目にはこの部屋がお花いっぱいになったら、本当に棺桶だなと思った瞬間、家に帰りたくなった。

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