後編

「さてここか……」

「でっかいねー」


 現場はかなり広い敷地の食品工場で、公には製造機械のトラブルによって操業が停止したことになっている。


「場合によっちゃ今日中に終わんねえんじゃねえのこれ」

「機動隊呼んでみるわ」


 1つの建物とはいえ、その余りの広大さに水卜はやる気を無くしてゲンナリしていた。


「よーし、ちょいと偵察といくか」

「おまかセー」


 流音が要請をしている間に、怪異化したユウリの頭に乗って、水卜は建物上空から核透視で工場を見下ろしにいく。


 目を閉じて深呼吸し、霊力を目に集めてから開くと、


「さーてどこに――いや、出入口に本体いるのかよ!」


 すぐ真下のエントランス天井裏に怪異の核を複数発見した。


「流音ー、増援いらねえっぽい」

「え?」


 水卜は通信札を使って流音に犯人の位置情報を知らせた。


 数分後。


「すいませんでした……。つい悪ふざけで……」


 犯人の正体は結界術の罠を覚えた化けタヌキの怪異3匹で、動機は使ってみたかっただけだった事もあり、流音たちが『ピースメーカー』を向けるまでもなく降参していた。


「今後は気を付けろよマジで」

「はい……。あの、ところで、罠をどこに置いたか忘れちゃって……」

「はあ? ふざけんなよお前ら!」

「ひいッ」


 言いにくそうな苦笑いを浮かべて、さらなる面倒事を呼んでいた3匹に水卜は怒鳴る。


「はー……。お前ら局でこってり絞られてこい」

「すいませーん……」


 結局増援が必要になり、タヌキ達は厳重注意を受けるために局へと連行されていった。


 手空きの調査課と捜査課と調査課両方の機動隊、鑑識課を動員して、工場内をしらみつぶしに捜索するはめになり、明らかに半数ほどがあまりやる気が無い様子だった。


「よーし流音と新人。俺らも手分けして罠の回収すんぞ」

「はいはい……。なんでこうなるのよ全くもう……」

「了解しましたっ」


 その内の2人である水卜と流音はため息交じりで言うが、狐二宮こにみやは初仕事になるためかなりやる気を見せていた。


「真面目だなあ」

「私達がいい加減過ぎなのよ」


 捜査課長指揮の下、水卜班は在庫倉庫の捜索に割り振られ、水卜、ユウリと流音、狐二宮の二手に分かれて端から端まで探し回る。


「お、あったあった」


 最奥の棚の端と壁の間に、葉っぱを床のパネルに変化させたものが置いてあった。


 水卜達が見付けたのはその1個だけで、解除しても誰も出てこなかった。


「あー、足だっる……」

「お疲れさま……」

「おつおつ」

「引っかかる前に見付けられて良かったですねっ」


 数時間かけて念入りに探したため、水卜は肉体的と精神的、流音は後者のみの疲労感を覚え、ユウリは特に疲れた様子は無く、やりがいを噛みしめる狐二宮は元気だった。


「課長は帰って良いって言ってたし、一服入れてから帰るぞ」

「狐二宮さんは私がおごるわ」

「俺らはねえのかよ」

「アンタらは自分で出す!」

「ケチだな」

「けちー」

「集ろうとしないの」


 缶コーヒーでも、と4人はそう言いつつ外にある工員の休憩場所へと向かった。


「狐二宮さん先に選んじゃって」

「はい。ありがとうございます」


 律儀に一礼した狐二宮が自販機の前に立とうとしたとき、


「! 真上に飛べ!」


 狐二宮が踏みつつある、ガムが黒く固まったものが、葉っぱで出来た結界を作動させるものだと水卜は気が付いて鋭く叫んだ。


 水卜は真後ろにいたユウリが、瞬時に怪異化状態になって水卜を手に乗せて上昇し、流音は身体強化を発動させて真上にジャンプした。


 直後に半透明の2メートル四方の膜が出現し、一瞬で見えなくなった。


「ギリギリで気が付いて良かったぜ」

「助かったわ」


 ふう、とため息を吐いた水卜の真横に、2人よりさらに上にいた流音が着地してそう言う。


「あの辺地雷原みたいになってる可能性あるな……」

「まったく、あのタヌキ達ったら……。ところで狐二宮さんは?」

「あっ、忘れてた。……逃げ遅れたなこれ」

「あちゃあ……」


 核透視を発動して周囲を見渡したが、あちこちにいる捜査官他ものは見えても、肝心の狐二宮のものは見えなかった。


「大して危険な術でもねえし、出てくるまで待ってていいんじゃね?」

「そういうわけにはいかないでしょ」

「二次被害被りたくねえの」

「引っかかったらユウリのもやで出ればいいじゃない。しかも踏んだら発動なんだし低空浮遊すれば無効化じゃない」

「チッ。面倒くせえな……」


 ユウリご指名の理由が完全に理解できた水卜は、彼女に地面ギリギリまで降りるように言った。


 2人が怪異化ユウリの手を作業車のカゴ代わりに、無数に張り付く黒い塊を調べている頃。


「なんで解除式が使えないんだろう……?」


 結界内部からなんとか外に出ようと、狐二宮はいろいろ手を尽くしたが、単純に技量不足や分析ミスで別の解除術式を使用するなど八方塞がりになっていた。


「こんな時ぐらい出てきてよ……」


 ああだこうだやっている内に霊力が足りなくなり、狐二宮は本来傍に居るはずであろう使役霊に呼びかける。


 だが使役霊は応えず、狐二宮の祈りは虚空に消えるだけだった。


「私が何したの? 教えてくれないと分かんないよ」


 その問いの返答は無い。


「機嫌を損ねたなら謝るし、出来る事ならするから……」


 狐二宮の声が少し小さくなるが、依然返答は無い。


「髪でもなんでもあげるし……、寿命を削ってもいいよ……。だから……」


 顔が俯いて声に震えと湿った物が混じるが、やはり返答は無い。


「なんで、出てきて、くれないの……っ」


 彼女が幼い頃以来の涙をこぼし始めてすらも返答はない。


「お願い……、だから……。――助けて」


 嗚咽が混じり始めたところで、


「やれやれ、やぁっと素直になりよってからに」


 どら息子を迎え入れる様な声と共に、ドロン、と白い煙が出て、狐二宮の正面に女性型の化け狐の怪異が現われた。


わらべの頃は、あーれほどほこらに顔を出してはわらわに助けを求めておったくせに、ちいと背丈が伸びたと思うたら、今度は意地張ってとんと放っておきよってからに」


 あの得体の知れぬ者に言われても気付かぬとはの、ちょっと拗ねた様子でスラリと背の高い狐の怪異は口を尖らせる。


くすのき……。あっ、様」

「えーい、様はやめい様は。妾と貴様は対等であろうが」


 こそばゆそうな顔を鉄扇で隠し、楠と呼ばれた、簡素な侍女服姿の怪異はどこか嬉しそうな声色でそう言った。


「黙って見ておったが、貴様、使う術式間違えておったぞ」

「えっ」

「これは捕獲型の結界でな、貴様が使っていたのは封印型のものじゃぞ」

「なるほど……、だから何回やっても……」

「まったく、妾がおらんと半人前じゃの」


 愛いやつめ、と腑に落ちた様子を見せる、狐二宮の頭を目を細めて楠は撫でる。


「ここは妾に任せるのじゃ」

「アっ。いた」

「うおっ、何じゃ貴様ッ」


 格好いいところを見せようと、楠が尻尾を揺らしながら妖力を溜めようとしたところで、怪異化状態のユウリが空間を割って顔を出した。


「エー? ユウリはユウリだヨー?」

「答えになって……おるな。ふーむ、いかした中身じゃの」

「ひなっチー、なんカ褒めらレたー」

「そりゃ良かったな。お前らいいから早く出てこい」


 ゆるふわな笑顔で報告された頭に乗っている水卜は、Sクラスの等級にふさわしい核を持つ楠を見て目を丸くしつつ手招きした。


 局へ帰る車内にて。


「使役霊の概念が分からなくなってきたわ……」

「まあ分類なんざそんなもんだろ」

「だろー」


 楠がユウリ同様、自らの意思で一緒にいる事を聞き、流音はやや混乱気味に首を捻った。


 些事さじじゃ些事、とカカ、と笑った楠は、


「そんなことより貴様ら。どうか静と仲良くしてやっておくれな。捨て子の養子でなかなかに苦労した身の上での。寂しがりくせに意地っ張りなんじゃよ」


 霊力を消耗して疲れ切り、後部座席右側で真ん中の自身によりかかって眠る狐二宮を、起こさない様に頭を下げて頼み込む。


「先輩後輩みたいにはなるんだろうけど、いいわ」

「まあ努力はする」

「覚えてたらねー」


 運転する流音と助手席にどかっと座る水卜、その後ろから彼女に枝垂れ掛かる様に座るユウリの返事を聞いて、楠は安心した様に頷いた。


 ――その後、狐二宮は本人のポテンシャルと楠の知識と豊富な妖力で、捜査一課水卜班と双璧を成す成果を残すようになるが、これは別の話である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『怪取局』捜査一課研修期間騒動 赤魂緋鯉 @Red_Soul031

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ