あやかし研究サークルの活動記録
白里りこ
プロローグ
中学校に上がって初めての夏休み、僕は家族と一緒に車で鎌倉へ旅行に行った。
八幡宮とか大仏とか、色んな観光名所を巡った。ちゃんと覚えている。観光客でごった返していた道路や、高い湿度に灼熱の日差しまでも。
だが、両親がこの旅行の思い出話をする際に、盛んに言ってくる名所の名は決まっていた。
長谷寺だ。
大仏さんの近くにある、由緒ある大きなお寺。
その長谷寺で僕は両親とはぐれた。
階段をいっぱい登った先にある、いくつかの仏像が並んでいる場所で、気づいたら両親がいなくなっていた。
僕は自分で自分に呆れ返ってしまった。中学生にもなって迷子とは、僕も随分と情けない。これではまるで小学校低学年の子どもだ。
だが、なってしまったものは仕方がない。迷子になった時の鉄則は、その場を動かないことだと、どこかで聞いたことがあった。そこで僕は、仏像の居並ぶ前で、ポケーッと突っ立っていた。
不思議なことに、周囲には誰もいなかった。道はあんなに混んでいたのに人っこ一人いないし、日差しもいくらか和らいで涼しげで、辺りはシンと静まり返っていて──それなのに、突如として、誰かの声が聞こえた。
「鬼を祓いたいか」
僕はきょろきょろと辺りを見回したが、声の主は分からなかった。
「えっと……?」
「ここで会うたのも何かの縁。しばし待たれよ」
ビュウッと風が吹いた。僕は咄嗟に目を瞑った。
すると、何か違う景色が瞼の裏に見え始めた。それは、海の見える展望台にて、両親が僕のことを探している様子だった。まるで夢でも見ているような──でも確かに現実のことだと確信できる、奇妙な程に説得力のある光景。
はっとして目を開けると、僕はまだ仏像の前にいた。いつの間にやら、観光客も日差しも戻ってきている。
僕は少し悩んだが、再び目を瞑ってみた。
今度も、見えたのは展望台の景色。そこからズームアウトするようにして、視界はどんどん後退した。その先に、僕自身の後ろ姿が見えた。
僕は、どこか別の視点から、この世界を自在に見ることができるようになっていた。
目を開けて、走り出した。変な能力を使ったせいか少し疲れていたけれど、急いで展望台の方に向かった。
狙い通り、僕は両親と会うことができた。今ではこのことは、「まさか迷子になるなんてね」と両親の話題の種になっているに過ぎない。
だが、これ以降も僕は、見たい景色をいつでも好きなように見られる能力を持ち続けている。
千里眼、と言ったところだろうか。
何故こうなったのか、皆目分からない。何故あの時、この自分が、変に静かな空間に迷い込んで、謎の声を聞いて、千里眼なんてものを授かったのか。
そして、このことは、誰にも話していない。両親にも、数少ない友人にも、誰にも。
そして、時は過ぎゆく。
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