11話 殺人鬼の正体

 ティルとアンナちゃんに連れられ、街の外へと出る。さっきの男以外に出歩いている住民はいなかったのは、不幸中の幸いだった。

 街を出た後は、星の光一つすら届かない森の中へと行く。何か見覚えがあると思ったら、私がこの箱庭に来て目を覚ましたときにいた森だった。

 街からどんどん離れていく。深く闇に包まれた森を抜けた先には、僅かな星の光に照らされた村が見えた。

 時間帯が真夜中ということもあるのか、どの家からも明かりが消えている。青髪の兄妹は、村の中にある家の一つに向かった。


「ここ、アタシたちの隠れ家。ちょっとくらいなら騒いでもいいわよ」


 騒いでもいい隠れ家って、それ隠れ家じゃないような……。

 古めかしい音を立ててドアが開く。入った瞬間、異様な臭いが鼻をつく。日常じゃ絶対に感じることのない気味悪さがそこにはあった。

 まともな家具はなかった。テーブルや椅子は朽ち果てて壊れている。一応ベッドらしきものはあるけれど、布が切れたりカビが生えたりしていて使い物にならない。

 何年も手入れされなかったら、どんなに綺麗な家でもこうなってしまうのだろうか。


「いくら隠れ家っつっても、ひでぇ家だな」

「この村ね、だーれもいないの。全部食べちゃった」


 ……今、さらっと恐ろしいこと言わなかった?


「ユキア……もう突っ込むのはやめようぜ……」

「そうね……」


 ティルがメアとソルを壁に寄りかからせようとしたとき、二人のうめき声が聞こえてきた。


「メア、ソル! 大丈夫!?」

「うぅ……私は平気だが……」

「……僕たちは大丈夫。下ろして」

「お、おう」


 メアとソルを立たせると、ティルはカビまみれのベッドに腰かけた。アンナちゃんは部屋の真ん中に立ち尽くしている。

 目覚めた二人は、私とシオンの元に駆け寄ってきた。


「さて、どこから話しましょうか。その様子だと、アタシたちの正体に気づいているようね」


 アンナちゃんの目が私に向けられる。メアとソルは目覚めたばかりで、何がなんだかわかっていないようだ。

 シオンはさすがに気づいたらしい。


「……あんた、アンナちゃんじゃないんでしょ。それに、今のティルも昼間とは違うんだよね。あんたと同じで」

「あのねぇ……アタシには『サク』って立派な名前があるの! あ、こいつは愚弟の『ヴァーサー』ね」


 アンナちゃん──じゃない、サクはベッドに腰かけて虚空を見つめている少年を指さした。

 兄の中に弟が入ってて、妹の中に姉が入ってるって、なんだか頭がごちゃごちゃになりそう。


「で。君たちは何者なの? いわゆる二重人格みたいなもの?」

「……違う。でも、そうとも言えるかもな」

「あ……?」


 ヴァーサーから曖昧な答えを返され、シオンはまたもや首を傾げた。

 シオンだけじゃなくて、私もわからない。あまりにも答えがはっきりしなさすぎる。


「アタシとヴァーサーは人間じゃないわ。化け物よ」

「化け物……とは?」

「身体の形状を自由に変化させられるのよ。でもねぇ、何年も前からずっと石ころのまんまなの」


 身体の形を変えられる種族なんていただろうか? いや、それよりももっと気になることがある。


「石ってどういうこと?」

「ふふ、気になる? じゃあ、ちょっとだけ見せてあげるわ」


 サクは不敵な笑みを浮かべながら、私に目を合わせ手招きをする。間近で中を見ろということらしい。

 近づいて目を見ると、彼女は自分の身体の右目を覆う眼帯を、少しだけめくる。

 そこにあったのは、左目と同じ赤い瞳ではなかった。禍々しい金色に、血の筋が刻まれている。形容しがたいくらい気味の悪い模様だった。


「気になるなら触ってみる? 安心して、この目は義眼だから」

「それはやだ!」


 つまらないの、と言いながら眼帯が戻される。白い眼帯を見て安心した。

 言われるがまま触れていたら、何かよくないことが起きる気がする。自分が自分じゃなくなるような、そんな歪な何かを感じたのだ。


「まあ、つまりここにアタシが埋め込まれているの。ヴァーサーはティルくんの胸にいるわ。アタシと同じような石の形でね」

「それ、痛くねぇの?」

「二人とももう慣れちゃったでしょう。アンナちゃんに関しては、物心ついた頃にはアタシと一つになっていたからね」


 生身に石が埋め込まれている状況なんて、とてもじゃないが想像するのが怖い。人間の世界は、自分が思っていたよりも未知で溢れている。

 ……でも、想像できないようなことが、この二人の身には起きているのだ。それが一番恐ろしいと思う。


「……話を戻すわね。アタシたちはある事情で、この兄妹の身体と一体化した。これが本当に苦痛でねぇ、二人が寝ている夜だけは好き勝手にさせてもらってるってわけ」

「……それが、人殺しってこと?」

「そう。ま、人殺しを始めたのは本当に最近のことよ。街では『真夜中の殺人鬼』なんて噂されるようになっちゃったけどねぇ」


 アンナちゃんの顔で歪な笑みを浮かべているサク。ヴァーサーの方は、何も言わずに仏頂面を貫いていた。

 私が昼間出会ったあの兄妹は、意図せずして「真夜中の殺人鬼」になってしまったのだ。自分たちの眠る時間に動く、得体の知れない化け物に身体を乗っ取られて。


「……なんつー胸糞悪い話なんだよ。おいユキア、お前も何か言え……って、ユキア?」

「…………」


 シオンの呼びかけに気づくことにまで時間を要した。頭がすーっと冷えていく。

 私は今、どんな顔をしているのだろう。


「あらら、怒っちゃった? ユキアちゃんって、本当にいい子ねぇ」

「黙りなさいよ。どうして人を殺したりするの!? 何のために────」

「ユキア。ちょっと落ち着け」


 感情が爆発しそうになったところで、メアが肩を掴んでくる。私を少しだけ後ろに下がらせて、彼女は前に一歩踏み出た。


「なあ、一つ聞かせてくれないか」

「何かしら?」

「────お前たちが魔物なのか?」


 その問いに、ヴァーサーは凍りつく。しかし、サクは笑っていた。


「うふふ……魔物、ねぇ。一応、こうなる前は人の姿をしていたこともあったんだけどねぇ」

「早く答えろ」


 メアの剣幕で空気を読んだのか、笑うのをやめる。彼女の顔に影が落ちた。


「……そういうことね。アナタたち、アタシらを倒しに来たわけね」

「ああ。魔物は必ずしも異形とは限らない。しかし……お前たちに宿る気配は、あまりにも邪悪すぎる」


 メアの言葉で、私たち三人も気がついた。

 目の前に倒すべきものは────すぐそこにいたのだ。


「ふふふ……ちょうどよかったわ。まさか、こんな機会が巡ってくるなんて思っていなかった」

「あ? どういう意味だ」


 サクは私たちを見据える。

 静寂に包まれた闇夜の中、赤の瞳が滾るように輝いていた。


「アタシたちね、ちょうど死にたいって思ってたの。人間なんかの身体に埋め込まれちゃって、もうアタシたちは離れ離れになれない。だからいっそ、このまま死のうって思ってたの」

「……簡単な話じゃないか。私たちだって、魔物を殺さなければ死ぬ運命だ。ならばいっそここで────」

「ち、ちょっと待ってよメア!!」


 魔銃を手にしたメアを必死に止めた。疑問そうな目を向けられ、少しだけ心が痛んだ。


「どうして邪魔をするんだ、ユキア?」

「そいつら、ティルやアンナちゃんと一体化してるんだよ!? このままやったら絶対────」

「うん。魔物ごと、その二人も死ぬだろうね」


 何気なく放たれたソルの言葉が、胸に激しい痛みを与えてくる。少なくとも私は、今までにないくらい息をつまらせていた。

 正面から突きつけられて、改めて苦しむ。初めて人間の世界に来て課された選択肢にしては、あまりにも残酷すぎる。

 私たちが生き残るということは、人間を殺さなければならないことと同義なのだから。


「……お前、他人のくせに何苦しんでやがるんだよ」


 ほとんど黙っていたヴァーサーが、私に呆れたような目を向けていた。


「たった一日会っただけなのに、情をかけてんのか? くだらねぇ。どうせ助けられもしないくせに」

「っ!! そんなの────」


 そんなことわからない。

 でも────


 ────お前みたいな奴にはわかんねぇよ。俺たちがどんな世界で生きてきたのかなんて────


 夕方に聞いた言葉が反芻され、考える。

 彼らはこの魔物たち以外に何かを抱えているのだろう。私には想像できないくらいの何かを────


「まあ、そんなすぐに決めるようなことでもないのよ? アタシはいつでも構わないけど……」

「嫌だ。私は絶対殺さない」


 絞り出した答えに、メアたちがどよめいた。サクとヴァーサーも、目を見開いて固まってしまった。


「っ、ユキア!! テメェ何言って────」

「みんなには悪いって思ってる。でも……私は人間を殺したくなんかない。できるなら助けになりたい」

「……わかってるよね? 魔物を殺せなければ、僕たちは殺されるよ」

「うん。その時は、私が責任とるよ」


 自然と自嘲がこぼれた。

 仮面の男が一番殺したがっているのは、どう考えても私だ。メアたちの命も狙っているようだけど、私がみんなを魔の手から守れれば何も問題はない。

 それに、兄妹もろとも魔物を殺さなければいけないとは限らない。もしかしたら、どうにかして彼らを切り分けることだってできるかもしれない。

 殺人鬼の秘密を追えば、私たちの望むものを見つけられる────アスタの言葉が本当に正しいのなら、私たちにはまだ知らないことがあるはずだ。


「……はぁ。やっぱり、お前はお人好しだな。昔から全然変わっていない」

「だな。ったく、仕方ねーから付き合ってやる。死なれたら色々面倒だしな」

「素直じゃないな、シオンは。……でも、そうだね。僕も、さっきは少し冷たい言い方をしてしまったよ」


 メアは呆れ気味だったけど、武器はしまってくれた。シオンとソルも、穏やかな表情を取り戻した。

 ……やっぱり、変わった私を理解してくれる数少ない友達は、大事にした方がいいんだな。


「ちっ、甘ったれてんな。サク姉、もうこいつら殺して────」

「待って、ヴァーサー。……ねぇ、ユキアちゃん?」


 殺意を滲ませる彼を制したサクの目には、何か期待のようなものを感じた。


「何?」

「どうしても、ティルくんとアンナちゃんを殺したくないのなら……一つ提案を思いついたんだけど」

「教えて」


 サクは私の目を見据えて続けた。


「アタシたちとアンナちゃんたちを一体化させた元凶がいるのよ。そいつに会えば、アタシたちを元に戻すことができるかもしれないわ」

「本当!? でも、その元凶って誰なの?」

「聞いたらきっと驚くわよ。それこそ腰を抜かすくらいにね」


 サクは隣に立つヴァーサーに目配せした。ヴァーサーの身から溢れる殺意が、さらに増したような気がした。


「────ティルとアンナの、父親だ」

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