2話 仮面の男
「はー、疲れた。飯食ったばっかなのに戦わせるなよなー」
戦斧をしまったシオンがこっちに近づいてきて、疲れ切った顔を向ける。
こっちは結構必死で戦っていたのに……無性に腹が立ってきた。
「な、何よ。こっちが戦ってたときに割り込んできたのはあんたでしょ!」
「はぁ!? オレたちは任務で来たんだっつーの! てか、オレたちが来なかったら今頃お前潰されてただろうが!」
「少し油断しただけだし! 今の私だったらあんたがいなくてもどうにかなったわよ!」
「何をーっ!?」
シオンがこっちに飛びかかってきたが、ソルが首根っこを掴んで止めた。メアも私の横に歩み寄ってくる。
「いい加減低レベルな喧嘩はやめなよ、シオン。もう僕たち子供じゃないんだから」
「なんだよぉ!?」
「そうだぞ。それにユキア、意地を張っているお前にも非はあるからな」
「うっ……ご、ごめん……」
私とメア、シオン、ソルは幼なじみだ。なんだかんだ言って、小さい頃からそばにいる。
メアは一番大切な親友。ソルはシオンの親友だ。
私とシオンに至っては、小さい頃は同居していた。その頃からずっと、顔を合わせては喧嘩を繰り返している。
一人ひとり、得意とする戦い方も性格も違う。それでも私たちはいつでも一緒だった。
神々の世界の外に出ることなく、箱庭の中で暮らしていたんだ。
「魔特隊の任務状況的に、この辺りだったか……お、いたいた」
草原の真ん中で騒いでいたところに、男の声がした。振り返ると、全身がほとんど真っ黒で背が高い人の姿が目に入る。
フードを深々と被っているが、顔はなんとなく見える。目元は仮面で隠れていた。
「誰だ……おいユキア、知ってるか?」
「知らないわよ……」
シオンが小声で尋ねてきたけれど、私は目の前の男にまったく見覚えがない。それはメアとソルも同じみたいだった。
「よぉ。この中に、魔特隊に入ってる奴いねぇか。魔物の出現を聞きつけて、倒しに来たはずだぜ」
「オレとソルはそうだけど。あれ、お前魔特隊なのか?」
「いーや? オレは何も関係ないぜ。ていうか、本当に魔特隊かよ、それにしちゃ弱すぎやしねぇか」
「んだとぉ!?」
「待てシオン、落ち着け」
飛びかかろうとしたシオンを止めたのはメアだった。
なんだこいつ、軽々しくてめちゃくちゃ腹立つ。急に現れたかと思ったら、こっちをバカにするような発言しかしてこない。
この場所にいるということは、目の前の男も私たちと同じ神なのだろう。ここには基本、神々しか立ち入ることを許されていないのだから。
「まあ、実際に魔物の反応は消えている。魔物討伐っていう基本の任務は難なくこなせているわけだな……使える」
ふと、男の言葉が引っかかった。
「なぁ、オマエら。人間の世界に興味はあるか?」
私たちは揃ってはっとする。
神の住む「キャッセリア」と呼ばれるこの場所の外には、人間の住む世界──通称「箱庭」がいくつも存在している。神だけが暮らす箱庭は一つだけだが、人間が住む箱庭は数え切れぬほどある。
私たちは神だが、人間とほとんど変わらぬ姿をしているとされている。人間の世界に紛れ込むくらいなら容易いだろう。
ただ、そういう問題ではない。
「……僕らと同じ神であるというのなら、あなただって知ってるでしょう。僕らには破ってはいけない『掟』がある」
冷めた表情でソルは言う。
神はあくまで「箱庭の観測者」であり、箱庭の中にある他の生命の世界に干渉してはいけない。つまり私たちは人間に干渉してはいけないのだ。
その掟を破ればどうなるか、目の前の男だって知っているんじゃないのか?
「ほー。最近の若造は真面目だなぁ。つまんねーの」
「つまんないって、あんたねぇ……!」
あまりにも軽薄な態度に黙っていられなくなる。そんな私を嘲笑うように、男は口の端を持ち上げた。
「面白れぇ。じゃあ連れてってやる」
その言葉とともに、男は片手に大きな鎌を召喚した。漆黒の持ち手と刃、そして滾る血のような赤いライン。
私たちが各々の武器を構えた頃には、大きく振りかざされた鎌から波動が放たれていた。じかに波動を受けたことで身体が崩れ落ち、自由に動かせなくなる。
「な……何、これ……」
周りを見たら、他の三人も同じ状態になっていた。ソルとシオンは既に意識を失っている。
身体の自由を奪われて、意識を保つので精一杯だ。だがこれも長くはもたない。だんだん視界が眩んできた。
「ユ、キア……っ」
眩む視界の中で、メアが力なく私に手を伸ばしているのが見えた。
ごめん……応えてあげられない。もう力が残っていない。
私の意識は、いとも簡単に落ちてしまった。
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