第7話
声がした方を向くと、視線の先には隼人と莉子がいる。
先ほどの悲鳴は眉間に皺を寄せ、わなわなと唇を震えさせる莉子から発せられたものだと容易に推測できた。
莉子は消化しきることの出来ない感情を必死で押し殺すかのようにあえて口角を上げてみせる。
「もしかして……イイ感じ?」
その穏やかな口調と上げられた口角とは裏腹に、刺すような視線を向けながら詩織に訊ねる。
「うん、イイ感じだよ!」
と、詩織の代わりに弾むような軽やかな声音で言ったのは瑠花だ。
「そんな……」
「ふふ、どう? 私がセットしたこのオールバック」
瑠花は楽しげに言った。その手で指し示すのは、詩織の頭だ。
そこで、ようやく詩織は自分達が恋人になったことではなく、髪のセットが完了したことを言っているのだと気付いた。
恐る恐る莉子の顔を見ると、にこやかな笑みを瑠花に向けている。瑠花の無邪気な笑顔を前に、全ての怒りが吹き飛んだようだった。
──それにしても、さすがだ。
学園一の美少女は手先も器用なのか。
詩織がそう思ったのも束の間、詩織の頭に視線を向けた莉子と隼人は、ヒクヒクとかろうじて口角を上げ、笑ってみせている。
「どう? 綺麗に出来たと思うんだけど──」
そう言って渡された手鏡で自分の姿を写してみると。ワックスやスプレーを駆使し、前髪を後ろに流して固めてある……ところまでは良いが、固めることに必死な様子で、ふんわり感がまるでない。ぎゅうぎゅうに押し固めただけの、とても綺麗な出来映えとはいかない代物だ。
「不器用だな!」
思わず叫ぶように言った詩織に、莉子と隼人は思わず吹き出す。瑠花は予想外だったのか、少し戸惑った様子。しかし、徐々に恥ずかしそうながらも、はにかむような笑みを見せた。
◇
「梨佳。次の日曜日、イタリアン予約したから、夜明けといて」
「うん! 楽しみだね、瑠花」
母は愛くるしい微笑みを瑠花に向けて言う。
「……ううん、私はいいよ。テスト勉強で苦戦してて……二人で行ってきて」
「……そう……」
「楽しんできてね」
瑠花がとびきりの笑顔を母に向けるまでが、決まった一連の流れだ。
この
とびきりの愛情をくれる母のことを瑠花は愛している。
それに対し、父は“無”だ。
父親である亮は、瑠花に対して一度もコミュニケーションを取ったことがない。
亮が瑠花に向ける感情は“無関心”そのもの。
父親らしい言動など皆無である亮に対し、瑠花がなにかを望んだことなどない。
そんなものなのだ、と開き直れば亮が瑠花に対して無関心であるのと同様に、瑠花もまた、亮に対して無関心でいられた。
◇
「梨佳が倒れた」
メールの一文が視界に飛び込んできたのは、入学後初めての中間考査の対策をしようと、放課後、瑠花・詩織・莉子・隼人で教室に残り、机を囲んだ時だった。
見た瞬間、瑠花は思考が止まった。
相手が亮であることはすぐに分かった。
こんな時でも最低限の情報しか伝えない亮への憤りを感じてはいるが、そんなことは二の次だ。
彼に電話を掛けて、必要な情報を聞き出さなければ──。
そう思っているのに、電話を持つ手が震えて、動作がままならない。
「震えてる」
不意にグッと手を握られた。
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