第17話 ギルド受付女子高生⑧
朝のラッシュの終わりごろにブシドーは来た。
いつも通り喧騒を嫌ってエルフは入口付近にとどまり、サトルと女騎士、猫族がカウンターに近寄る。
「サチさん、おはよう!」
「サトルさん、ブシドーの皆さん、おはようございます」
「外はすごく天気が良いですよ。見ました?」
「ええ~。あはは」
天気の話をされてもな。こっちは日が登り始めた早朝からずっと冒険者ギルドにいたっての。
「私たちの宿に使いが来てたにゃ」
「そうそう。ギルドから呼び出しがあるって言われてさ」
「やはり、マンティコア討伐パーティーのことじゃないだろうか。領主殿もそうとう腹を立てられていたようだったし」
サトルがすごい顔をして女騎士を見た。
「あんなやつに敬語を使う必要なんてないさ! あいつは、自分の息子のせいでエカテリーナが嫌な思いをしていたのに止めもしなかった!」
「あ、ああ。そうだな、すまない。サトル殿が相手をその、たしなめてくれたおかげで、私はすごくうれしかったよ」
「いいんだエカテリーナ。君を責めるような口調になったことを許してくれ」
「ああサトル殿」
「ええっとですね」
放っておくと延々といちゃついていそうな二人を遮って言った。
「馬車で一日程度、人里にほど近い場所でサイクロプスが目撃されました。非常に危険なクエストになりますが、マンティコアを討伐したブシドーであれば討伐可能と当ギルドでは判断しました。ぜひともご協力をお願いします」
「サイクロプスだって?」
女騎士が言った。
「昔、父上の領地に出現したことがある。村二つを滅ぼして砦の外壁に大穴を開けたという危険な魔物だ」
「だ、大丈夫にゃのか? そんな強そうなやつ」
猫族が心配そうに言う。サトルはそんな彼女の首筋を撫でながら力強く頷いた。
「大丈夫さ。僕たちは強い。魔物をいっぱい狩って、もっともっと強くならないと」
「んにゃあ。さすがご主人様。それじゃ早速帰って作戦立てたり準備したりするにゃ」
私の行動で人が死ぬ。そう思うと、何かできることがあるんじゃないかと思ってしまう。今すぐここを出て、もっといいアイディアがあるんじゃないかとユキと二人で何日でも話し合いたい。だが、時間は少ないし、選択肢はもっと少なかった。
「それが」
できるだけ申し訳なさそうに言う。
「今回はギルドの方針で。他クランとの合同討伐クエストになります。そして乗合馬車で現地に向かうのですが、出発の時間が迫っていまして……」
サトルがロビーを見渡すと、壁の端のテーブルにジョルト達が座っていた。片手を上げて下卑た笑顔を女騎士や猫族に向けていた。もうちょっと取り繕うとかしなさいよ。
「打ち合わせもできず、すぐに行けというのか!」
女騎士が怒った顔で私を見る。彼女も最近の私とサトルの距離の近さに内心穏やかじゃないのだろう。サトルは急な展開についていけておらず、女騎士を、ついで私を見た。猫族の女が目を細めた。
「なんか変にゃ。今までこんな急なクエスト押し付けられたことなかったにゃ」
今すぐなら『そうですね、強制じゃないので』とか言って彼らを逃がすことも出来るが……。ふと視線を感じた。二階へつながる階段を見ると、ギルド長が冷たい目で私を見下ろしている。
口にサーベルを入れられたときの嫌な味が蘇ってきた。あんな思いはもう二度とごめんだ。やるべきことをやらなくては。
身を乗り出してサトルの両手を掴んだ。決して豊満とはいえない私の胸に押し付ける。上目遣いで。目をうるませて。
「お願いです、サトルさん。サイクロプスみたいな恐ろしい魔物が街の近くにいると思うと、すごく怖くって。ギルドも、私も、頼れる人があなたしかいないんです」
効果はてきめんに現れた。サトルは体を硬直させ、耳まで真っ赤になった。
「も、も、もちろん。僕に任せて。サイクロプスなんて、すぐにやっつけてきてあげるよ」
できるだけ色っぽく見えるように安堵のため息を漏らすと、目をうるませたまま、ゆっくりと手と顔を離した。
「それじゃあ、こちらの書類にサインを……はい、ありがとうございます」
インクが乾くのを待たず引き出しにしまった。ドアの前の魔法使いエルフが不愉快そうにこちらを見ているが、カウンターの書類に夢中で気づかないふりをする。ここまでは予定通り。
「うわ、露骨。あそこまでする、普通?」
女の声が聞こえた。
ガバっと顔を上げて周りを見渡す。女騎士と猫族はサトルがなだめている。彼女たちじゃない。それに、声は前からじゃなかった。カウンターの中の──
ミリさんと話しているユキが、蔑む目で私を見ていた。
「私、怖い~って、すごくないですか?」
話しかけられているミリさんは困った顔をして笑った。だが、彼女からも私をフォローする言葉は出ない。
私は力いっぱいカウンターを叩いた。
「何? 何なの? 言いたいことがあるならハッキリ言ってよ!」
手がジンジンとしびれる。ギルドのロビーにいた者たち全員の視線が向けられている気がする。
ユキが長い茶髪を手でなでつけるようにしながらニヤニヤ笑いを私に見せた。
「別に。ただすごいなーって思ったからそう言っただけ。言っちゃいけなかった?」
「ユ、ユキちゃん。ちょっと」
ユキの言葉を受けて自分の顔が赤くなるのが分かる。
「私がどういう気持で!」
余計なことを言わないように途中で言葉を飲み込んだ。奥歯を噛み締めてユキをにらみつける。ユキは特に気圧された様子もなく涼しい顔をしている。
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