第16話 ギルド受付女子高生⑦

 ギルド長の執務室に私とユキ、そしてマーカスさんとチームを組んでいたジョルトが呼ばれた。

 エルフのギルド長は窓の外を見ている。

「黒依頼の最中に事故が起きた、と聞いていますが」

 革張りのソファに膝を組んで腰掛けたジョルトは鼻で笑った。

「事故? まあ事故といや事故かもな」

 彼らが受けていたのは、黒依頼の中でも汚れ仕事であり危険度の高い、襲撃のクエストだった。といっても今回は直接襲うわけではない。街の商会に仲介料を払うのを嫌がった貿易商のグループが森近くの街道に差し掛かったのを見計らって、森の中の魔物から逃げるていで彼らに接触。魔物を押し付ける『トレイン』と呼ばれる手法での襲撃だった。

「俺たちはあのバカでかいイノシシ、アグリオスが好む香草を炊いてやつをおびき寄せた。ワイヤーの罠で足を傷つけてな、適切な距離を取ってジグザグ逃げる。そこまでは順調だったんだが、森を抜けたところでバンシーが出てきやがった」

 バンシーとは主に平原に現れる人形ひとがたの魔物だ。老婆の姿をしており、その金切り声は聞くものを戦慄させるとも死を告げるとも言われている。

「俺は耳栓を持ってたから良かったが、マーカスは持ってきていなかったんだか間に合わなかったんだか、とにかくあの叫び声をもろに聞いちまって足が止まった。そこをアグリオスの牙でどすってな」

 ジョルトは顔をしかめて立ち上がると、ギルド長の黒壇の机にタグを置いた。かすかな金属音がする。

「おら、これがマーカスのドッグタグだ。畜生が、今まであの辺でバンシーが出たことなんてなかったのにな。太ももにでかい穴が空いてよ。手の施しようがなかった。アグリオス自体はしばらくしたら森に戻っていった」

 おそらく黒依頼の乱発とブシドーが大型の魔物を狩っていったことで、付近の生態系が少し乱れているのだろう。それをこの場で言おうか迷ったが、気づいているはずのギルド長が指摘しなかったので、黙っていることにした。

 エルフのギルド長は外を眺めるのをやめ、こちらを振り返るとドッグタグを手に取った。

「マーカスさんとジョルトさんは、確かうちのロビーで揉め事を起こしていましたね」

「それがなんだ。まさかてめえ、俺が故意にマーカスをやったとでも言いてえのか」

 今にも掴みかかりそうなジョルトに対してエルフは無表情のままだ。

「いいえ。可能性を潰したかっただけです。あなたにはこれからも裏のクエストをお願いすることになるでしょうから」

「ちっ。けったくそ悪い」

 ジョルトは噛み煙草を口に放り込んだ。

「どうせやるなら、あのサトルとかいうガキをやりてえよ」

 ブシドーを率いるサトルは、この街全体で見れば好意的に受け止められていると言える。しかし、こと冒険者に限っては肯定と否定半々といったところだ。獲物の横取りやチームメイトに色目を使った使わないなどでしばしば別のグループと問題を起こしていた。

 もっとも、よそ者の私の目から見ると、新しく来て短期間に着実な成果を上げるブシドーへのやっかみも混じっているようにも見えたが。

 帰り道、屋台で三つ目うさぎの焼串を買って食べた。

「なんか、思ってたのと違う味がしない? 魚っぽいっていうか」

 私が言うとユキも頷いた。私には到底できないほど上品に食べている。

「うん。焼き鳥とか想像してたけど、ちょっと違う路線だね。あ、でも脂はのってるし、うなぎみたいなものって考えれば」

「うなぎかあ。あの甘くてしょっぱいタレで食べたら、このうさぎももっと美味しかったかもなあ」

 ふふっと笑っていたユキが不意に真顔になった。

「さっき執務室で、ギルド長変なこと言ってなかった?」

「変なこと?」

「うん。ジョルトさんに、『これからも裏のクエストをお願いすることに』って」

「……あ」

 ギルド長は今まで表に出せない依頼について、『黒依頼』と言っていた。それをあえて裏のクエストと言ったということは……まるで、黒依頼以外の内容のクエストをこれからやるみたいな言い方じゃないか。


 翌日の早朝。私は執務室に呼び出された。私だけが。

「ブシドーをハメ依頼にかけます」

 窓際に立つギルド長は、いつものように無表情に言った。初めて執務室の革張りのソファに座ったが、座り心地を確かめるどころではなかった。私は所在なさげに周囲を見渡す。

「そ、その、ブシドーは今やこのギルドの主戦力です。ハメ依頼といっても、クエストを失敗させて恥をかかせるとかそういう……」

「いえ……。依頼人は、サトルさんの首をご所望です。そうですね、共犯関係にあるあなたになら話してもいいでしょう」

 そう言って椅子に座ったギルド長は、いつもより疲れているように見えた。

 依頼したのはこの街の領主その人だった。マンティコア討伐を記念したパーティーの場で、領主の息子が酔っ払って女騎士を口説いたらしい。適当にあしらっておけばいいものを、彼女の肩に置いた息子の手を、サトルがへし折った。パーティーの参加者たちの面前で、主催の顔を潰すような真似をしたのだ。人の上に立つことが仕事である貴族というのは、何よりメンツを重んじる。それが帝都に影響をおよぼすことが出来るほどの人物となればなおさらだ。

「幸いにしてサトルさんはあなたを信頼している。今日このあとブシドーが来たら、緊急クエストを彼らに持ちかけてください。私も近くで待機していますので、もし話がこじれたら振っていただいて結構です」

 監視してるからおかしな真似はするなよ、と言っているように感じた。いや実際言っているんだろう。

「断わったりは、しないですよね。アンダーグラウンド・ハローワークとはその様な契約になっているはずです」

 悪魔との契約だ。ガーシュウィンのヤギ角にかけて、たがえることは決してない。例え相手が同じ日本人であっても。そして命の恩人であっても。

「……分かりました」

 沈黙の後に私は言った。どのみち答えはこれしかない。

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