第10話 ギルド受付女子高生①

「運が悪かったと諦めてくれい。どうにもならん。どうにもならんのだ。それに、爪も牙もない若い娘二人が、何の伝手もなく放り出されたとて、待ち受けるのは死を望むような辛い運命ばかり。わしは知っておる。この世界を、ずっと見てきたからな」

 持って回った言い回しでつまらないことをくどくど言うのは、こいつが神様だからだ。私たちの人生をぶち壊した上に、何の保証もしないということの言い訳を今並べている。

「そこの男が話をしたいと言っておる。本来ならばここにいるべきではない者だが、確かにそいつならば……あるいは」

 神様はそう言ってどっかに消えた。あとには片膝を付いて頭を下げていた上品なスーツの男が一人。

 男が顔を上げた。その頭には、ヤギの角が生えていた。

 私は目をつぶって、また開いた。

 状況は、お世辞にもいいとは言えない。

 冒険者ギルドのロビーは凄惨な有様だった。冒険者たちが腰掛けるための机は砕かれ、掲示板やカウンターには刃傷がいくつも付けられている。あちこちに血が飛び散り、冒険者の一人はへたりこんで右手で左手を抑え込み、あとの二人は床に倒れていた。倒れているうちフードをかぶった男は胸から出血しているようで、床に血溜まりが出来ていた。

「ま、こんなもんだろ」

 私の目の前の男が、サーベルの背で自分の肩を叩きながら言った。足元に転がる緑の石を壁の隅に蹴飛ばす。

 赤い髪を編み込んだ只人ヒューム。かなり着崩しているが、帝都騎士団の正装をしている。

「受付のねーちゃん、口開けな」

 言われるがまま口を開けると、背筋をゾクリとさせるようなヒヤリとした感覚が口の中に現れる。男が目を残忍に細める。サーベルが、口の中に入れられている。

 舌が意識と関係なく動き、抜き身の刃物を舐めた。鉄の味が口の中に広がる。いや、血の味かも。私の目の前で三人、このサーベルは冒険者の血を吸っているのだ。

 男がちょっとサーベルをひねれば私の口の中はずたずたになる。おしゃべりが大好きな私だが、これから先の人生は口を開ける度に涙を流すことになるかもしれない。あるいはこの凶暴な男が軽く腕を前に突き出せば、女子高生の串刺し異世界風の出来上がりだ。

 必死に口を大きく開けているせいで、ダラダラとヨダレがあごをつたう。

 恐怖と緊張で膝がガクガクと笑うが、何とか倒れないように踏ん張る。トイレに行っておいてよかった。怖すぎて漏らしそう。

「さてと、これでお互いの立場が明確になったわけだ。おい、さっきみたいに威勢のいいこと言ってみろよ。なあ?」

 男が歯を見せて笑う。

 サーベルに自分の顔が写った。私は、もう一度目をつぶった。


 冒険者ギルドは朝が一番忙しい。

 開店とともに割の良いクエストを探して冒険者たちがクエストを張り出した掲示板クエストボードに群がる。彼らは大声で仲間と話しながらそれぞれ納得のいくクエスト依頼書を取ると、今度は私たちがいる受付カウンターにやってくる。

「サチさんおはようございます。今日もキレイですね」

「はいはいおはよう。で今日のクエストは? ゴブリン退治ね。あいつらあれで結構賢いから気をつけなよ。準備しっかりだよ」

「はい、ありがとうございます。ほら、お前もちゃんと挨拶しろよ」

「い、いや、俺はユキさん派だから。ど、どうせならユキさんに気をつけなよって言ってほしかった」

「バカ言ってないで二人ともとっとと行きな」

「はい!」

「は、はーい」

 皮の鎧にロングソードとバックラーの戦士。もう一人は錫杖のようなものを持っていたし神官かな。駆け出し冒険者の定番の装備。多分二人とも私と同じくらいの年齢だろう。もっとも、冒険者ギルド受付の制服を着て簡単だが化粧もした私たちは、彼らより年上に見えるのかもしれない。

「おい姉ちゃん、これ」

「はーい。あー、ごめんなさいね。これは皆さんの等級だとまだ受けられないクエストで……いやそんな事言われても規則ですから。文句があるなら上に言ってくださいよ。あのこわーいエルフのギルド長に。はいはいどーもね」

 嵐のようなラッシュは一時間もしないうちに終わったが、あとに残った私たちギルドの受付嬢はヘトヘトだった。

「あー、つーかーれーた。とにかく人数が多いし、文字読めないやつが多いし、人の話を聞かないやつはもっと多いし」

「ふふ。どうしても荒っぽい人が多いよね。はい、お茶」

 カウンターにだらしなく突っ伏す私の前にユキがティーカップを置いた。優しい良い香りが辺りに広がる。

「ありがと~」

「はい、ミリさんもどうぞ」

「ありがとう。ユキちゃん紅茶入れるのすっごい上手だからおばちゃん嬉しいわぁ」

 ミリ・マーさんは兎族の獣人の女性。この冒険者ギルドの古株らしいが、年齢は不詳。おばちゃんと自称しているが、二十代のようにも四十代のようにも見える。

「仕事始めて四日目なのに、二人とも随分なじんでいるわねえ。あ、分からないことは遠慮なく何でも聞いて」

 私はユキと目を合わせた。私たちがここにいるってことは、間違いなくろくでもない仕事が待っている。だけど、冒険者ギルド受付業務の暗部についてミリさんに聞けば話がこじれる可能性もある。そこについては深掘りせず、質問するにしても一般的な業務についてにしておくべきだろう。

「ええーっと、じゃあ聞いてもいいですかね。冒険者のランク分けって時々銀とか銅とか言ってる人いるんですけど、あれ俗称なんですか?」

 ミリさんは紅茶を飲み干すとカップをカウンターに置いた。

「昔はねえ、ランクは鉱石の名前でつけてたの。白金、金剛石、金、銀みたいに。でも十年くらい前かな。中央の方でランクをSとかAとかに変更したんで、ここもそれにならって変えたってわけ。おばちゃんは昔のほうが好きだったかな。石の名前のほうが趣があったわよねえ」

 ミリさんはそれからひとしきり冒険者ギルドの状況について語った。

 受付の仕事に就いているのは接客が得意な只人、ハーフリング、猫族や兎族の獣人が中心でエルフやドワーフはまれなこと。冒険者の昇級審査も受付職員が関わること。下水探索やアンデッド退治などの不人気クエストについて。

 驚いたことに彼女は、喋りながらも同時に書類仕事を進めていた。さすがはベテラン職員だ。 

 腰に双剣を下げた戦士風の男がひとり入ってきた。

 ミリさんはボソリと言う。

「この仕事は、いいことばっかりじゃないけどね。面倒なこともあるよ」

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