第6話 密輸女子高生⑥
あの男、私に騒ぎを起こさせて自分だけ逃げやがった。
頭の奥がカッと熱くなるが、今は怒ってる場合じゃない。どうしたらいいか考えないと。
他の手下たちもリーダーが消えたことに動揺している。それに相手の動きが早い。手下の一人はもう縄を繋がれている。
急なことで頭が働かない。あたりを何度も見渡して何か使えるものがないか探す。ユキが私の隣に来た。
「サチ、わたしが時間を稼ぐから。サチだけでも逃げて!」
ユキはお嬢様だが、行動派だ。しつこくナンパしてきたうえに断ったら激高した男を合気道で投げ飛ばしたことがある。あるいは、線路に落ちた人間を助けるために躊躇なく自分も線路に降りたことも。でも、今回は絶対にやばい。
「待ってユキ。何か手を考えるから」
手下の一人が激しく検査官に食って掛かっている。
ハーフリングの検査官がその場を見渡して言う。
「うーん、バタバタしてきちゃいましたね。じゃあこうしましょう」
両手を叩いた。門の脇にある建物から守衛が十人以上出てくる。二十人近い男たちが私たちを囲む形になった。ハーフリングは細い目をちょっと開ける。
「あそこ僕らの宿舎なんですよ。さ、これで選択肢はなくなりましたね。大人しく取調室にご同行頂けますでしょうか。ご協力、お願いできますよね?」
ユキが私の手を握った。
「どうしよう、あの人に助けを求めてみる?」
あの人、とは私とユキがこの異世界で密輸をすることになった原因の男だ。私は首を振った。
「無理だと思う。あいつは、仕事中は何が起こっても絶対助けることはないって言ってた」
何が起こっても、だ。例え犯罪が露呈しても。守衛にしょっぴかれても。断頭台でこの首に斧が振り下ろされても。あいつが私たちを助けることはない。
どれほど追い詰められても、私が神に祈ることは決してない。もちろん、スーツを着て、ヤギの角を生やした悪魔にも。
ハーフリングが澄ました顔で私たちの前に来た。
「ではお二人もこちらへどうぞ」
私はユキの手を固く握り返す。
「大丈夫。きっと、大丈夫だから」
取調室は石造りの埃っぽい部屋だった。
会議室も兼ねているようで、広さはそこそこあり、部屋の中央に広いテーブルがある。今はそのテーブルの上に何十個ものクラーケンの墨入りの瓶が五列に並べられている。
「それで、あなたはこれらの危険薬物を誰に卸すつもりだったんですか?」
私と手下たち、それにユキは武器を取り上げられ、手を前で縛られて椅子に座らされていた。ヘリックと呼ばれていたハーフリングは、私の目の前に椅子を持ってきて逆向きに座っている。どうやら今の質問は私に投げかけられたもののようだ。……あ、代表の方って言ったときに私が返事をしたからか。
「おいあれ」
「あ?」
手下たちがざわつき始めた。
私はかかとを床に付けたまま、右足でタイルをゆっくり三回叩いた。ガウ・ルー一党のサインだ。意味は『黙れ』。皆がバラバラに喋って思わぬ情報を相手に与えてしまうのが一番まずい。状況は最悪に近いが、それでもできることをやろう。思い出すんだ。クラーケンの墨にまつわる話を。何か、ヒントになりそうな会話を。
「さーてね。それは商売上の秘密ってやつですよ、ヘリックさん」
声が震えていないことを願いながら私は言った。
「そもそも、そこの黒いのがクラーケンの墨でしたっけ? それだったとして、何が問題なんですか?」
「はい?」
「ですから、さきほどあなたが仰った『危険薬物』にクラーケンの墨は該当していないんじゃないですか。持ち込みが禁止されている物品の目録、ちゃんと確認されています?」
何度か検査を受けながら街の門をくぐってきたが、この世界では役人のどんぶり勘定ではなく、法の明文化が進んでいる。どの街でも交易品の持ち込みの際には書類の提出があり、その審査もある。『最近出たばかりの新商品』であるクラーケンの墨が禁止指定されていなければ、罰金の支払いだけで済むかもしれない。
ヘリックは、はぁとため息をつくと、椅子を直して私の正面に座った。続いて後ろを向くと、
「頼めます?」
検査官は頷くと部屋を出て、少しして戻ってきた。糸でくくられたカタログのような厚さの紙の束をいくつも抱えている。
ドサドサドサッ
持ってきたカタログがテーブルに積まれる。継ぎ足しながら使っているのだろう。黄ばんだ古そうな紙から、比較的新しそうなものまで雑然とまとめられている。
「さて、これが持ち込み禁止物品の目録になります。ああ、一個一個見る必要はないです。僕たち検査官はこれらの項目全てを頭に入れていますので。確かに、この中には『クラーケンの墨』記載されていません。そしてこの目録の更新は我らが街の領主の決裁が必要なので、今日いきなり品目を足すことも出来ません……ですが」
ヘリックはそう言ってカタログの最初のページを開いた。
「別紙に指定する魔道具や薬物の持ち込みを禁じる。また、それに準ずる物品についても、社会的に危険と判断できるなら、検査官の権限において摘発することを可能とする。……目録に載ってる麻薬以外も取り締まることが出来るということです。はい面倒くさいお話終わり」
彼は分厚い冊子を閉じると、ぞんざいに机に放った。
「で、もう一度聞きたいんだけど、あんたこの麻薬をうちの街のどこに卸すつもりだったの?」
どうしよう。なんて言ったら正解なんだろう。そもそも正解なんてあるの?
思考がまとまらないまま私は言う。
「え、えーっと、その、分からないです。リーダーはさっき逃げちゃって。私、私はまだ入って日が浅くって……」
不意にヘリックが立ち上がって私の椅子を蹴飛ばした。
ガダン!
派手な音が聞こえたと思ったら壁が目の前に迫ってきてあごを打った。
「きゃあ!」
違う、私が前のめりに床に倒れたんだ。痛い。拘束された両手であごを触ろうとしたら、強い力で髪の毛を掴まれ、無理やり顔を上向きにさせた。ヘリックが顔を近づける。その目には怒りが満ちている。
「眠てえことばっかり言ってんじゃねえ! 検査官舐めてんじゃねーぞガキ! 誰に卸すのか、とっとと、吐け!!」
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