第5話 密輸女子高生⑤
手下は噛みタバコをくちゃくちゃと言わせながら少し考えていた。
「ガウさんが前に言ってたけどよ、需要と供給だよ。欲しいやつがいるから、俺たちが運んできて売りつける。貴族や裏社会の人間だけじゃねえ。そこらの屋台のおばちゃんや鍛冶屋なんかにも、麻薬を吸ったり邪教の経典を欲しがったりするやつがいるしな。俺たちがやらなくても誰かがやるんだ。それに密輸商は高いリスクを負ってる。手取りはいいが、正直今でも検問を通る時は毎回ケツの穴がぎゅーっと縮こまる思いをしてるよ」
『別に』とか、『どうでもいい』とかそういった答えが返ってくるだろうと思っていたので、しっかりとした答えが返ってきた事にまず驚いた。そしてその内容にも。共感はできないが、彼らの言い分も理解できる。ガウ・ルーに着いていってるだけとはいえ、今や私もユキもアウトローの一人だ。
自分がやらなくても誰かがやるから。その言葉ほど悪党の気持ちを慰めるものはないだろう。
小魚をスカートの中にありったけ忍ばせて入ったときときよりも小さな街だった。検査官がいる大きな門が二つ。それ以外に小さな門が一つ。
この街くらいの規模だと、重罪の裁判官は領主が兼ねている場合が多い。だがその領主は中央の会議に出払っていて留守だそうだ。
「もしとっ捕まっても、他の街より長生きできるな。数日だけ」
手下の一人が笑えない冗談を言った。
「気ぃ抜いてんじゃねえぞ、しゃんとしろ」
ガウ・ルーの檄を聞いて私たちは背筋を伸ばした。大きな街だろうがそうでなかろうが、見つかれば運が良くて犯罪奴隷。だめなら死刑。
検査の列に並ぶ。列は徐々に前に進んでいるが、その横では荷車から荷を全て降ろされ入念な検査をされている商人が見える。腹の突き出した彼は汗をかいて渋面を作っていたが、大人しく検査を受け入れている。多分、あの人は密輸をしていないのだろう。
確率を考えるなら、密輸は成功する可能性のほうがずっと高い。隠す方法は無数にあり、門に並ぶかどうかのイニシアチブも法を侵す側にある。この世界の何百という都市では今日も密輸商が闇の物資を首尾よく運び入れているだろう。
そして私たちにとって、今日は運の悪い日だった。
細目のハーフリングの検査官が列に並んでいる私たちの前にやってきた。ハーフリングは小人の種族で、その背丈は私の胸ほどまでしかない。
「すみませんね。十組ごとにお荷物の全点検査をやっておりまして。お手数をおかけしますが、ご協力をお願いします。どうぞ列を出てこちらにおいでください」
「あ、いや、えーっと」
話しかけられた手下の男がうろたえた声を出している。
ハーフリングが言う。
「代表の方は?」
「おい」
ガウ・ルーが私の真後ろに立ち耳打ちする。
「いちゃもんでも何でもいい。とにかく抗議しろ」
なんでもってそんな急に……あーもう、出たとこ勝負だ。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ。急に全店検査なんて言われても困ります。だいたい十組ごとだなんてそんな適当なやり方で違反が見つかるんですか」
揚げ足を取られないように密輸という言葉は使わない。それだけの判断はできた。でも、私が声を張り上げているにもかかわらず、検査官たちは手際よく荷代から積荷を降ろし始めている。
「ええ。もちろん怪しい人がいたらお声がけも致しますが、うちではその日毎に異なる抽出方法で検査を行っておりますし、実際成果も上げております。なに、できるだけ早く終えるように指示は出しておりますよ。それとも、調べられてなにか困ることでも?」
私を見上げるハーフリングは、人を疑うのが仕事の人間特有の嫌な目つきをしている。そう思うのは私が罪を犯しているからだろうか。
「ヘリック、ちょっと来てくれ」
荷を下ろしていた男がハーフリングに声をかけた。「この酒樽、なんか重い気がしてな」
まずい。まずい。まずい。
「ああ、これは珍しい。二重底なんですよ。すみませんね。何もなかったら後で弁償しますんで」
そう言うと小人のヘリックは仲間が持ってきた金槌で酒樽の蓋を壊し、中身を側溝にぶちまけた。
「安いお酒ですねえ。それにずいぶんと量も少ない。これなら僕の給料からでも払えそうだ。まあ、その必要はなさそうだけど」
「な、なにを」
私に構わず検査官は樽の中に手を入れて内蓋を外した。彼の手には、黒い瓶が握られていた。蓋を開けてニオイをかぐ。
「どす黒い色。まったりとした生臭さと刺激臭。クラーケンの墨で、間違いないですね」
胃がせり上がるような嫌な気分になった。足が震えているみたいだ。緊張で口の中がカラカラになる。ここから逃げ出してしまいたい。
せーので逃げるか、あるいは鍛えられた守衛相手に大立ち回りをするのか、指示を仰ぐために私は振り返った。もしもガウ・ルーが今回も魔道具を持ち込んでいるなら、期待できるかも……あれ、どこ行った?
私たちのリーダー、犬狼族の獣人は、姿を消していた。
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