第21話 お嬢様ではない

 今年で十五歳になるベリントン王国第三王女ベアトリーチェ・イーストモア・ベリントンは国を代表するファッションリーダーである。

 幼少期より優れた審美眼を持つと噂をされていた王女は、十三歳で華麗なデビュタントを飾ると、そのあまりに洗練されたファッションセンスに居並ぶ全ての貴族が度肝を抜かれた。

 驚くべきことに、彼女はデビュタントで身につけるもの全てを自分で指示したのだという。

 自分で選んだ仕立て屋に、自分で選んだデザイン。

 髪飾りから始まりネックレス、イヤリング、ドレス、ブレスレット、靴に至るまで全てが完璧で抜かりなく、彼女の抜群のセンスを見せつけていた。

 以来、ベアトリーチェ王女が夜会で身につけているものはたちどころに注目を集め、社交界で噂になり、同じものが欲しいと淑女がこぞって注文をする。

 年頃の令嬢がベアトリーチェが所持しているものと同じものを欲しがるのは当然のこと、目をつけた商人たちは似たようなデザインの似たようなものを作ろうと躍起になって競い合った。

 そして今や、ベアトリーチェが頼まなくても商人の方から新作の商品をいち早く彼女の元へと届けてくれるようになった。

 ベアトリーチェが夜会で身につけてくれさえすれば、その商品は飛ぶように注文が入って売れていく。

 わざわざベアトリーチェ自身に売りつけなくても、彼女が広告塔として機能してくれればそれで良い。

 こうして商人が商品を献上してくれるので、膨大な量のファッションアイテムを保持しているベアトリーチェだったが、王室の財政からは銅貨一枚たりとも出していなかった。

 俗にいう、モデルである。

 そんなカリスマ的ファッションリーダーのベアトリーチェ王女は本日、王家主催の舞踏会に登場予定である。


「ベアトリーチェ様、本日はどのようなお召し物かしら」

「新作は髪飾りかしら。それとも、扇?」

「前回は宝飾品だったから、今日はきっとドレスよ」

「靴という選択肢もあり得るわ」


 さまざまな憶測が飛び交う舞踏会会場。

 社交界の場は男女の出会いの場ではなく、ベアトリーチェによる新作ファッションお披露目会場と化していた。

 高らかなファンファーレが鳴り、衛兵が声を張る。


「ベアトリーチェ・イーストモア・ベリントン第三王女の御成にございます!」


 お辞儀。そして顔を上げた貴族の淑女。開け放たれた大扉から現れたベアトリーチェ王女を見て、全員が息を呑んだ。

 大人びた真紅のドレスと薔薇飾りをあしらった同色の帽子を被ったベアトリーチェ王女の右手首にはーー小ぶりの鞄が引っ掛けられていた。

 持ち手が真珠でできているそれは光沢が美しいアイボリーの生地でできており、愛らしいラウンド型。側面に控えめなフリルがあしらわれ、特筆すべきは中央に縫いとめられた大きな赤いリボン。


「まあ、なんて可愛らしい鞄!」

「扇子でも日傘でもなく、鞄を持つなんて、斬新だわ……!」

「あのようにお洒落な鞄、見たことがない!」


 通常、貴族令嬢は鞄を持たない。買い物をする時はお付きのものを連れていって支払いから荷物持ちまで全て彼らに任せるし、遠出する際には馬車で行く。

 唯一の例外は学園に通う時とお忍びでの買い物時。

 学園には指定の鞄があり、お忍びの買い物はお忍びなのでごく普通の鞄を使う。

 それがこのような舞踏会の場で、あのように装飾性の高い鞄を持ってくるだなんて!

 一同は発想の素晴らしさと衝撃に打ちのめされ、あの鞄について情報が欲しいとうずうずした。

 しかし迂闊に話しかけるわけにはいかない。この国で最も身分の高い彼女と会話するためには、彼女から話しかけられる必要がある。

 そして王女が最初に話しかけたのは、彼女が懇意にしている人物ーー。


「ごきげんよう、シェラード公爵夫人」

「ごきげん麗しゅう、ベアトリーチェ王女様。最初のお声がけ、大変な名誉でございますわ。本日お持ちのその鞄! 間近で見たくてみたくて胸が張り裂けそうでしたの」


 大袈裟な声を出すシェラード公爵夫人は、王室にも縁のある大貴族の一員だ。

 ベアトリーチェ王女は周囲の視線が自身に集まっているのを感じながら、ゆっくりと鞄を掲げ、皆がよく見えるようにした。


「素晴らしいデザインであろう?」

「左様でございますね。『鞄とは下々のものが持ち歩く、機能性重視のもの』という概念を覆す画期的なデザインでございますわ!」

「出来も良いのだよ。美しい縫い目、丈夫な縫合、精緻に計算されて配置されたリボンとフリル」

「えぇ、えぇ。さぞかし名のある職人がお作りになられたんでしょう!」

「そうなのだ、さすが夫人。お目が高いのう」

「して、こちらの鞄……どちらの仕立て屋に依頼したものなのでしょうか」


 ニヤリ。ベアトリーチェの彫像のように整った顔のなかで、唇が持ち上がった。

 十五歳とは思えない迫力のある笑みを浮かべた彼女は、囁くような声で言う。


「ランドレー住宅街の近くにある、魔法の鞄屋と言う店で仕立ててもらった」


 聞いたことのない店名に、夫人を筆頭にその場の全員が困惑顔になる。

 それすらも見透かしていたであろう王女は、言葉を続ける。


「最近店を始めたらしくてのう。妾もこれから末長く世話になる予定故、皆覚えていたら行ってみるといい」


 ランドレー住宅街にある魔法の鞄屋。

 その情報を頭に刻みつけ、帰ったらすぐさま調べさせようと考える淑女の面々。

 アルカナが街で出会った人物は、お嬢様ではなかった。


 国で一番偉い王族のーー王女様だった。

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