第8話 瓜二つ
湖のほとりの一軒家そこに殿下はいるはずである。しかし同時に憎たらしいエレメナもいるのだ。
「足を進めたものの、気が重たいですわ」
果たしてわたくしはどんな表情で、殿下の前に顔を出せばいいのだろうか。頭の中には無数の雑念が入り混じる。私が訪れたところで、せいぜい少しだけ話を聞いてもらって当たり障りのないように追い返されるのが関の山なのではないだろうか。
そうなった場合ただみじめな思いをわたくしがするだけではないのだろうか。
「でも居ても立っても居られないの」
目に見える敗北を前にしてもわたくしの中には止まるという選択肢はありえないものだった。停滞は堕落に等しいもの、たとえ結果がどうなろうと……。
「当たって砕けろですわよね」
未来のわたくしが残してくれた格言である。
そうこう言っているうちについに湖が見えてきた。しかしどうも様子がおかしい。
「これは結界!?」
なんでこんなところに結界が張り巡らされているのでしょうか。殿下は魔術が得意ではないはず、エレメナもただの小娘にすぎません。魔術を使うのはこの世界ではそれだけ奇異な存在なのです。
「嫌な予感がしますね」
私は屋敷の結界を回って屋敷の中をどうにか見ようとした。
それにしても妙である。殿下には見張りや屈強な兵士がついているはずである。私が周囲をうろつけば何者かが反応して私を迎え入れてくれる筈、それなのに誰も私の元へは現れなかった。
「こ、これは……」
血痕である、まさか賊が現れたのだろうか。さらに窓の隙間を見ると私は戦慄した。
「ひ、ひえ」
「扉の奥を見ると殿下が血まみれで倒れていた」
「い、いやああああああああ」
何がどうなっているのだろうか、私の頭は真っ白になったのであった。
「うるさいな?」
「あ、あなたは?」
緑の色の魔女のローブ、こ、こいつはもしかして。
「緑陰の魔女」
その時魔女の手が私に下されようとした。
「そこまでだよ」
「え?」
「だから言ったじゃないか。戦慄することになるって」
目の前に未来の私が現れたのだった。
「ボゥ!」
「危ない!」
緑陰の魔女は突如手を挙げると、緑属性の魔力弾が出現した。それを未来の私めがけて無言で放とうとする。
「甘いね、私は拒絶する、対象の詠唱を破棄」
「……」
次の瞬間未来の私が緑陰の魔女の魔力弾を消滅させた。
「す、すごい!」
目の前の光景に私は終始あっけにとられる。
「お前……何者」
「まだまだだね緑陰の魔女」
「……」
ローブで顔がよく見えないが、緑陰の魔女は未来の私をにらみつけるような所作を見せていた。凄い威圧感である。
「まあ、いい。目的は達成した。ここはひかせてもらう」
そういうと緑陰の魔女の姿は一瞬でその場から消え去るのだった。
「なんで、こんなことに。せっかく殿下に会えたと思ったのに」
私は倒れている殿下を見ながらうちひがれる。
「だから言ったでしょ、あなたはこれから絶望するって」
「言ったってどうすることもないじゃない」
まさか緑陰の魔女が出てくるなんて思いもしなかった。最近噂で聞いたことがある程度の、実在していたかすら定かではない存在だからだ。
「予測を超えた出来事に対面したときはじめて人は絶望するんだよ。私は何回も絶望する様を見てきた。もう散々だ」
「あなたはこんな地獄を何回も味わっていたの」
「そうだよ。やり直しの果てに私の思想は結論へと行きついた。その結果が今の姿」
私は未来のここにいる理由を尋ねていなかった。興味がないからである。しかしここまで心の深くまで傷つける現状を打開しうる未来の私に対して、否が応でも縋り付くほどの関心を覚えた。そして初めて未来のことに関心を抱いたのである。
「大変……だったのね」
「そうよ、うれしい、昔の私が関心を抱いてくれるのを見てるととっても」
互いに顔を見つめあう、まさに瓜二つの顔、しかし明らかに表情に刻み込まれた経験数が違っていた。いったいどれほどの困難を乗り越えてきたのだろう。
目に移す瓜二つの顔には心の底から嬉しいといわんばかりの輝きが見えた。この時初めて未来の私と心がつながったのである。
「さあ、気を取り直して現状の打開と行きましょうか」
「ええ」
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