第2話 因果の特異点

 私のループはどうやら意識せずに発動するものらしい。トリガーは命の危険に達する直前。


 今非常に私は不愉快の思いである。どうせやり直しができるのなら、あの二人に同じ思いを味合わせてあげたい。


 私は衝動に駆られて早速行動を始めた。



「確か前回の記憶ではあと数時間後に殿下とエレメナがここで話していたはず。私の記憶さえ正しければ、対策を講じることなど容易いことですわ」


 策を講じる私は怪しげな笑みを浮かべた。




「飲み物をお持ちしました」


「ありがとう」


「ゆっくりしていってください」


 それがあなたを地獄へいざないますのよ。


「お屋敷の使いの者にあのような方はいたのかしら、新入りかしらね」


私はエレメナの屋敷の使いに変装し薬を含ませた飲み物を送り付けてやった。この飲みものを飲めばたちまちエレメナの喉は枯れ、殿下の前で無様を晒すことに。


「フフフ、いい気味ですわね」


 薬の効力が発揮させる時刻は約1時間、ちょうど殿下が歌を聞いて駆けつける時間ですわ。そのころには私の証拠は隠滅される、まさに隙のない完璧な作戦といえるでしょうね。





 さて、そろそろ時間じゃないかしら。今頃殿下の前で無様を晒しているに違いありませんわ。見に行きましょうかね。


「素晴らしい! エレメナ、やっぱり君の歌声は最高のものだ!」


「え?」


 そこからの記憶はない。私の策は次々にエレメナに破られて、通じないのである。


 何か不思議な魔法のベールに包まれたような加護のようなものが、エレメナに講じた策を潰していく感覚である。


 そしてルートは同じように進んでいった。なぜかやり直しして先読みして策を講じても結果が同じなのである。


 もう無理だと気づいた私は絶望した。


 そして気付いた。因果律は展開を修正するのだと。


 ループにより改変を起こす、私は因果の特異的異端者なのだと。





「僕の手をとってくれミケレ! 君のことがずっと大好きだったんだ」


 色あせていくあの日の記憶、私は殿下とのあの時間が忘れられなかった、まるで数秒一つ一つが私にとってかけがえのないもの、体のいたるところに刺激成分が充満していって、私の心を満たしていくの。


 今でも片時も忘れていないわ。あの頃の出来事。


 だから果てしなくつらいの、知らない間に月日が経過してあの日の思い出が色あせていく。


「私にとってはあの時間が世界のすべてだった。それなのにこの世界は! 私の意思など無視してとどまるところを知らないの! こんなの私は許容できない! だったら! 私は!」


「この世界ごとやり直す!」








 あれから私は100回目の周回世界にとんだ、試行を重ねるごとに着実に進んでいくシナリオ、その中で私の頭に思い描く光景に確実に進んでいるのが分かる。


 名付けるならここは新たな時代、周囲の建物は崩壊し、目の前に広がるのは真っ白な広大な大地であった。


「どうしてまたこうなってしまったのでしょうか。私の中にある感情の振れ幅がオーバーフローをまた起こしてしまいました。この感情の振れ幅の制御は何回やっても難しいものですね」


 いつからでしょうか、私はループを起こすたびに、以前あったはずの空間の一部の崩壊を見ていました。


 その崩壊はループを繰り返すことに、感情の濁りと共に徐々に肥大化していき、その果てが目の前の光景ということでしょうか。


「こうなってしまってはどうしようもありません。いったん私の心を清めまたループしなくては」


 いったい何回続くのだろうか、この崩壊空間の果てに理想を掴めるなら、この程度許容の範囲ですわね。


 私のループ能力を安定して発動するには、心を清める必要がある、


「こんな日には紅茶を飲むのが一番ですわね」






「ミケレ、なんか君おかしくないか、挙動や言動が、達観し過ぎてる気がする。いきなり雰囲気が変わったというか」


「そうですの? 私は特に何も変わった気がしないのですが、何かの気のせいではないのかしら」


「そうかな、やっぱり気のせいだったのかな。でもミケレが言うんならそうかも知れない。ごめん」


「いいですわ、別に何も気にしていませんの。もっと私に言いたいことがありましたらお話を聞きたいからどんどんおっしゃってください殿下」


「もちろんだよ、僕はミケレのためならなんだって力になる」


「よろしいこと、いい心構えですわ」


 殿下は別に私に対して悪い思いを抱いているわけではないのだ。私があの女に口出ししなければ、何気のない生活になる。


 でも私はそれを受け入れられない。



 いくつものループの記憶がたくさん交錯していく。そして失敗の記憶が最も大きな印象を植え付けるのである。

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