8限目 二人の疑惑
二年A組の中で彼女に関するある噂が流れ始めた。
「ねえ、聞いてる? 島原さん、C組の秋中君と付き合ってるらしいよ」
「えー! うそでしょ! あんな不良と付き合うなんて信じられないんですけど」
「俺見たぜ。この前、秋中が校庭で島原さんを泣かせていたところを」
「僕は学校の階段で秋山が島原さんに抱きついてたところを見ました」
「あたしが聞いた話だと秋山君が島原さんの弱みを握ってて、それをタネに無理やり付き合わせているらしい」
「本当! マジ最低!」
「くそ! 俺たちの島原さんをきたねぇ方法で横取りしやがって!」
噂とは事実と異なる内容で広まっていく。悪い内容となればなおさらだ。
そしてこの噂はA組だけでは留まらず、全校生徒の知るとこになっていた。
自然と秋中は“女を脅して従わせる最低の男”として、千沙は“秋中に無理やり服従させられた悲劇のヒロイン”という役どころを与えてしまったのである。
そんな中、幼馴染の皆川遥香は義人の本当の性格を知っているため、最初から噂を信じようとはしなかった。
「あいつ、変な噂広まってるじゃん。でも、まさか本当に千沙と付き合ってるわけないよね」
遥香の頭の中に千沙が義人に階段で助けられたときの光景が浮かんだ。
千沙は義人の顔を見た瞬間、確かに顔を赤く染めていた。
「あの子、なんで顔を赤くしてたんだろう。まさか、あの時一目ぼれしただなんて! いやいや、そんなマンガやラノベじゃあるまいし……」
自分の考えていることがバカバカしいことだということはわかっている。
しかし、わずかながらモヤモヤする不安があることも確かだ。
「けど、本当だったらどうしよう……」
遥香は何度も当事者である千沙に真実を聞こうとした。
しかし、その勇気が出ない。
「義人と付き合ってることが本当だったらどうしよう。もし、義人が千沙を脅すような男になってたら……」
彼女の中の義人のイメージが崩れてしまうことが怖かったのだ。
「けど、このままじゃ義人や千沙のことをずっと疑ったままだ。そんなのは嫌!」
遥香は友人二人の関係を探ることを決心した。
ある日の昼休み、いつものように教室を飛び出していった千沙の後を追いかけることにした。
千沙は二つ隣のC組に飛び込むように入る。そして、一分とかからず義人を連れて教室から出てきた。
彼女の手には義人の腕をしっかりと握っている。
そんな二人を廊下にいる生徒や先生が呆然と眺めていた。
「あれってやっぱり付き合ってるのかな? けど、見た感じ千沙の方が義人を引っ張っているようだけど。とりあえず義人が千沙を脅してるという噂は嘘みたい」
遥香は一つの疑惑が晴れたことにより、肩を撫でおろした。
しかし、それでは満足できない。
千沙と義人が廊下を颯爽と歩いていく。そして、距離をとって後をついていった。
義人と千沙は旧校舎に向かう渡り廊下を通っていく。
「旧校舎? 学食じゃなくて? あんなところに何の用があるの? お昼を食べるんじゃないのかな? でも、千沙はお弁当箱持ってたし……」
遥香は疑問に思いながらも二人の後ろをついていく。
二人がたどり着いたのは旧校舎奥にある部屋であった。
二人が中に入るところを確認して、遥香はその部屋の前に走り寄った。
「ここは……昔音楽準備室だった部屋だよね? こんなところでお弁当を食べるの?」
二年の教室からの距離であれば、この部屋より食堂に向かった方が近い。
わざわざここに移動するメリットが考えられない。
遥香は中の状況を確かめることにした。
しかし、ドアの窓は厚いカーテンで閉められて覗くことができず、耳を当てても防音になっているため話し声まで聞くことができない。
「全然わからないじゃない! これじゃまるで誰にも見せたくないみたいじゃん。……は!」
その時、遥香は一つの光景を想像した。
「もしかして、あの二人は中でやらしいことしてるんじゃ……。いやいやいや。だってあの義人だよ。あの女の子と一生縁がない勉強バカの義人だよ。何かの間違いだって。それに相手はあの千沙だよ。この前、男子になんて興味ないってこの前言ってたもん」
自分に言い聞かせる遥香。
しかし、どうしても中の状況が気になってしまう。
確認しなければこのもやもやは晴らすことはできない。
「どうにかして、中を見れないかな?」
ふとドアの取っ手に手をかけると少し動いた。どうやら鍵を閉めていなかったようだった。
(これだったら、中を見ることができる)
遥香は中がのぞける最低限だけの隙間を開ける。
(何だか二人に悪いことをしてるようで引け目を感じるけど……。いや、これは二人を信じるために必要なこと! だから、きっと許してくれるよね?)
決心した遥香はドアにかかった厚い緑のカーテンをゆっくり開ける。
湿気が残る陰気臭い部屋に千沙と義人の姿が見えた。
二人は部屋の真ん中で机を挟んで椅子に座っていた。
(何してるんだろう?)
耳を澄ますと二人の会話の内容がかすかに聞こえた。
「ダメダメ! この解き方じゃ効率悪いよ。そっちじゃなくて、こっちの方程式使う方が計算をする時間を省略できる。より簡単に答えを導き出すことができるんだよ」
「そうか! そんな発想なかったわ」
「君はだいたいの方程式を覚えているけど、それらを使いこなせてないね。受験は時間が勝負なんだからできるだけ無駄は省かないと……」
「いや~、千沙に教えてもらわなかったら危なかった。ありがとう!」
「いいよ。君に教えることによってあたしも勉強になるから。それにあたしも苦手な文系教えてもらているし、まさにウィンウィンの関係だよ」
「じゃあさ、今度こっちの解き方教えてくれよ。この前の考査の時に結構てこずってたんだ」
「これか。確かにこれは一見難しそうに見えるけど……」
(これって勉強を教えてもらってるんだよね……なんだ! そういうことなんだ! それはそうだよね。義人が千沙と話をするなんてそんなことぐらいしかないよね!)
遥香はすべての疑惑を晴らすことができ、安堵した。
それと同時に罪悪感がこみあげてきた。
(けど、一瞬でも二人を疑ってしまった。なんだか申し訳ないな……。よし、お詫びではないけど教室に帰ったらクラスのみんなに説明しよう!)
遥香はドアをゆっくり閉めて教室に戻っていった。
(けど、義人、千沙のこと呼び捨てで呼んでたな。あの義人があたし以外の女の子とあんなに仲良くなってるなんて……)
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遥香が去っていった旧音楽準備室の中で千沙と義人が勉強をしている。
「……行ったかな?」
「え? 何が?」
ドアの方に振り向きながら確認する千沙に義人が問いかける。
「君気づいていなかったのかい? ボクたち、尾行されてたんだよ」
「マジで! 気づかなかった!」
「君は本当に鈍感だね」
「普通そんなこと気にしないだろう。いつもだったら昼飯を先に食うのに、いきなり『先に勉強会をやるよ』と言い出したのはそういうことだったのか」
「そういうこと。長い間この部屋を使っているから、常に尾行には気を付けているんだよ。お昼を食べる姿を見せてもよかったんだけど、それだと怪しまれそうだし、長時間見張られる可能性も高いからね」
「見せるって、まさかわざとドアの鍵開けたまんまにしたのか。マジでお前抜け目ないな」
「これであの子があたしたちの悪い噂を取り消してくれれば御の字なんだけど」
「そこまで考えて……」
実のところ、二人(特に義人)は最近流れていた噂に迷惑していた。義人も噂がなくなることを祈るばかりである。
「そんなことより早くお昼を食べようよ。そして保健体育の勉強をしよう! 今日は特別にボクの体のくすぐったいツボを教えてあ・げ・る」
「お前は本当にブレないな……」
あきれた義人は千沙と彼女が用意した弁当を食べ始めた。
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