IORI

玩具

 玩具

 愛してる

 そう伝えたのは、ただの気まぐれ。言葉なんて、諸刃の劔を信じたこちらが悪い。夕立のような君は、狡くて、冷酷で、堪らなく愛しい。

 嗚呼、今日も君に堕ちていく。

 雪のような柔肌と映える口紅。含ませた笑みさえ、艶めいて眩暈がする。そんな私の朱色の頬に、しなやかな指が滑らせる。ほら、指先だけで私の心を支配する。心の歪にゆっくりと這わせるその指に、震えるほど悦楽を覚えてしまう。

 

 もっと、ねぇ。もっと触れて。

 

 狂っていく感覚なんて、慣れたら心地よいもの。上っ面の台詞だと知ってる。飼い慣らすための嘘だとも。なのに、その視線が、その指が、惹きつけて離さない。交わる体温が悲しくて、恋しくて、吐きそうなくらいだ。

 使い回した愛の言葉を、今日も君は囁く。名を呼んで、また囁く。熱を帯びた吐息を混じらせながら、私の鼓膜を悩ましく揺らす。贅沢な睫毛、整った唇、私にないものばかりを持っている君。それにも惹かれたのかもしれない。

 腰に手を回して、優しく引き寄せられる。高い背は、真紅のピンヒールのせいであろう。鼻腔が君の香りで満たされ、脳にも君が侵食してくる。この瞬間がいつも好きだった。次いで、空いた片手を顎に這わせ、手馴れた素振りで口付ける。息遣いなんて忘れて貪った。下手な私を、君は可愛いと言った。

 ロングが好きと言ったから伸ばした髪。いい香りと言ったから纏い続ける香水。似合うと言ったからつけ続けるピアス。所詮君にとってただの玩具。報われる幻想を抱かせながら、君は私を弄ぶ。それをどうしょうもなく欲するのは、手遅れのサインだろう。もういっそ哀れな矛盾に溺れようか。渇欲した愛は、君の嘘で満たされればそれでいい。


 常識と非常識は紙一重。

 

 君の理想の玩具になってあげる。

 

 だから

 

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 捨てないで

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IORI @IORI1203

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