第2話 問題は無かった
管理人室で大まかに事のあらましを説明すると、先輩は黙ってしまっていた。すると先輩は思いもよらぬ事を口にする。
「この物件、掲載日いつだ? 」
両手を頭の後ろで組んで背もたれに大きく身体を預ける。
「5日後です」
俺は小さな声で力無く答えた……
「勿論、ネットの方だよな? 」
「はい、ネットで部屋の内観も動画で紹介してくれと云うオーナーの希望です」
「そか、じゃあ、さっさとやっちまおう」
椅子から勢い良く立ち上がり、管理人室のドアノブに手を掛けた。
「え⁉ だって先―――――」
先輩は自分の唇の前に指を一本立てる……
「取り敢えず今日の仕事はやっちまおう、それから会社に戻ってこれからの事を考える、それでいいな? 」
「はい、あのっでも」
「なんだ? まだ何かあるのか? 」
「いえ、こんな話、先輩は信じてくれたのかなって、思いまして」
俺は申し訳なさそうに俯いた。
「いいか、この業界長くやってりゃ1度や2度誰でも怖い経験をした事くらいある。それに俺の可愛い後輩がこんな嘘を付く訳ねーからな」
「先輩…… 」
「おい、泣くなよ、泣きてーのはこっちの方だ、車に行ってグローブBoxに入ってる線香持ってこい、何があったか分からねーけど奇妙な事が起こるなら、誰かが何かを隠してる可能性が有るからな、俺達にも危険が降りかからないって保証は無い。だから気休めかもしれねーけど一応保険な」
不動産会社の営業車には、いざという時の為に必要と考えられる物が車載されている。祝儀袋に香典袋。白いネクタイに黒いネクタイ。ローソクに線香と、今の若者は使った事の無い
俺達はエレベーターで10階まで上がると、部屋の前で確認する。やはりストッパーは挟まった状態で扉は半開きのまま、そして俺は靴下のままであり、玄関には俺の靴が投げ出されている。俺は先輩に頷きゴクリと喉を鳴らし覚悟を決めて室内へと入ってゆく。
換気扇は
「掃除はもういいんだよな?」
先輩の声が頼りなく震えている……
「はい、もう済んでます。掃除用具をかたずけて、照明器具の確認と、ペットカメラの動作確認と、
俺は直ぐに済む事を強調するために、終わりの語尾を強めた。
先輩は室内の中心まで歩み寄ると、管理室から持ってきた灰皿に線香を1本焚く。それに続き俺も1本火を付け、二人で灰皿の前で手を合わせた……
この部屋では何かが起こった可能性が否めない、開示すべき情報を誰かが隠蔽しているのかもしれない。そんな事を考えていると不意に先輩が俺を急かした。
「おい、早くしろ、もうすぐ日が暮れるぞ?」
俺は会社のスマホのペット用アプリを起動させる。このアプリは会社管理のアプリで入居者には事前にアプリをスマホにダウンロードして貰う事で、外出先から室内のペットを監視出来るシステムだ。
初期設定の暗証番号を入力し、スマホで動作を確認する。赤外線のカメラは上下左右と好きな角度に調整することが出来るが、オートにして動く物を自動で追尾する事も出来る。勿論録画も出来る。
「問題ありません正常です」
「なら撮影して帰るぞ、俺は外で待ってる」
俺は
会社に戻り談話室で煙草に火を付けると、先輩が俺に今後の事を話してくれた。先ずはこの事は他言してはならない事、そして社長への報告は先輩が請け負ってくれるとの事だった。
この物件は2社の仲介業者が介入していたが、ライバル会社の一社が突然、契約日の前日に辞退した。そして今回その内の1社であるうちが担当する事になったのだが、何かが引っ掛かる……
「俺は、これから社長と相談して少し情報を集めてみようと思う。お前は一応掲載日に間に合うように
「分かりました」
「いいか、正義感に駆られて勝手な行動はするなよ?これはお前一人の問題じゃないからな、何かあったら必ず報告しろ、いいな?」
俺は自分のデスクに戻り撮影してきた動画を編集する。最近は物件のサンプル動画として不動産のホームページ内で閲覧出来るシステムが主流だ。部屋を綺麗に見せる為、
映像には問題は無かった。そう…… 怖いくらいに……
俺は、残りの作業を明日に残し、早々と会社を後にした。
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