ソコニイルナニカ

那月玄(natuki sizuka)

第1話 扉


 部屋へのアクセスNo,を打ち込みカードKeyを差す。

ウィンとオートロックの扉が開きエントランスへと入る。

 

 丁度降りていたエレベーターに乗り込み、

12階在るうちの10階のボタンを押す。


 登り始めた瞬間、エレベーターの照明がチカチカと切れかかる。

(まだ新しいマンションなんだがな……これも報告しとくか)


 北向きに建てられた所謂いわゆる、単身者向けの賃貸マンション。渋谷からバスで20分圏内と歩けば池尻大橋まで10分の立地条件は良く空室は殆ど無い。


 幹線道路を挟んだ向かいには、24hのディスカウントスーパーも有ることから日当たりの悪さと云う点を除けばすこぶる生活環境は良い。


 個人情報を晒す訳ではないが芸能人と呼ばれる方々も数名入居している。


 家賃はワンルームで13万5千円、別途管理費は6000円掛かるが築年数とアクセスの良さから考えれば打倒な値段だ。車持ちならば立体駐車場になるが月4万円また別に掛かる。


 数字の4と9の付く部屋は忌嫌いみきらわれ存在しないマンションも有る。

従って103号室の次は105号室となる。

4=死を連想させ 9=苦を連想させる。


 最近はこのような迷信に囚われる大家も減りつつあり、俺の管理するこのマンションにも104号室も209号室も存在した。


 1054号室のカードKeyを差しプッシュプル式のドアを引く、扉は驚くほど軽く開け放たれ、同時に冷たい空気が室内から流れだす。


 室内ブレーカーを上げ通電を確認し、玄関ドアにストッパーを挟み、部屋の空気を入れ替える為にドアを半開きにして持参したスリッパを履き室内へと入る。


 玄関の直ぐ左脇には、申し訳程度のユニットバスと右には簡易的な小さなキッチンがあり、短い廊下が導く先に部屋の主軸となるわずか8畳のワンルームが広がる。

 

 じめっとしたかび臭い匂いが鼻を突き、俺はキッチンの換気扇を回す。


 部屋へと脚を向けると同時に、人感センサーが反応し短い廊下を照らし出す。



―――――⁉  違和感を感じた。



 部屋とキッチンをへだてる半開きのりガラスの扉の向こうに何かの気配を感じた。


動けなくなった――――


 不安を他所よそに、ゴウッとにぎやかな音を出す換気扇の前から動けない……

理性が状況を見極めようと目を凝らす。異変を感じ取った本能が自然と鳥肌を立たせ、ひんやりとした室内にも関わらず、じわりと額に汗を滲ませる。


(何だ⁉ 今何か―――― 横切った?…… )


 不動産管理会社の社員において、有間敷あるまじき行為なのだが不安が勝り足を延ばしてドアノブの辺りを軽く押す……


ギギギィと不協和音をかなでながら扉がゆっくりと開いていく。


 時刻は現在16時過ぎ、初夏の空はまだ明るく、不安をともなう暗さではないが、北向きの室内、しかも冬用のカーテンは室内を異様に暗く浮かび上がらせる。


 違和感を払拭する為、ペンライトで摺りガラスの奥の部屋を照らす……


(何だよ……気のせいかよ…… )


 小心者の俺は部屋の突き当りまでダッシュしてカーテンを一気に開く。

一瞬にして室内は初夏の午後の日差しに包まれた……


 窓を開け風を入れ替える、冬用のカーテンを外し、持参したごみ袋に入れ、除菌シートを拭き取り棒に着け、フローリングの室内を拭き掃除する。


 シートに長い髪の毛がこびりついた……


 入居者が退室した後は契約しているハウスクリーニング会社が入るのだが、きちんと清掃していなかったらしい。これも報告しなければと、この時は何も疑わずそう思っていた。


 部屋に続いてユニットバスの掃除も確認すると、やはり排水溝には長い髪の毛が大量に絡みついていた、俺はため息を漏らす。腰を下ろしてゴム手袋をめて排水溝を掃除し、長い髪の毛をごみ袋に詰め込んだ。


 するとバタンと玄関の扉が閉まる音が聞こえ、ウィーンと自動ロックが掛かる音がする……



―――――⁉


 

 このマンションのセキュリティーは最新で、ドアを閉めると自動的に電磁式サムターンが回りロックしてくれる、のだが……


(誰かがストッパーを蹴っ飛ばした?そんな事するか? )

 

 明らかに何かの異変だとすぐに理解したが、この不安を正当化するために誰かの悪戯だと思い込むように、そして違和感に気付かないふりを自分にさせる。


「誰だよ今手が離せないのに」

 

 独り言をわざと大きく呟き、

冷静を装いゴム手袋を外し視線を横にずら――――


視線の端に何かが入り込む……



足―――――⁉ 



腰を下ろしてる俺の直ぐ後ろに誰かが立っている。


「ヒッ‼ 」


 手が震え声も出せず鳥肌が危険をさとす様に、一度に俺にのしかかる。



―――――それは人の形に似た何かだった。



 鼓動が高鳴り脈拍だけが時を刻む…… 異常に長く感じたその中で首筋に空気が触れる――――


 突然現れた恐怖で肩を抱き、身を小さくしてガチガチと歯を鳴らす。


 ―――間違いではない…… 

それは直ぐ後ろに間違いなく……イル


それは俺を見下ろしてそこに……イル


 すると同時に俺の目線の僅か数センチ前にあるバスタブの淵からゆっくりと何かが頭らしき物をもたげ始める……


(ああぁ、こっ此処に居てはいけない――――)


―――めっ、目が合ってしまう……

 

 突然‼ 俺のスマホが小さな風呂場に鳴り響き、同時にそれの気配も消えた。震える身体を無理やり起こし、立ち上がり間に小さな廊下へと身を投じ、バタバタと這いずりながら玄関のロックを解除しようとする……


腰が抜け、手が震えて鍵が掴め無い‼


(はっ早く‼ )


すると…… スマホの着信音が止まった。



 もう換気扇の音だけでは不安は払拭出来なくなっていた。

再び恐怖の静寂が迫ってくる―――――



《ピチャン》



 今飛び出した風呂場から水滴の音が響く……

(水栓はまだひねった覚えはない‼)

 

 一気に顔から血の気が引き心臓が悲鳴を上げる。最後の力を振り絞りサムターンを回し玄関をごろんと転げ出た……



《ウィーン…… カチャン》


 

 俺は玄関を正面に見据え、だらしなくも腰を落としたまま、ただ茫然と鍵が閉まった扉を暫く動悸が収まるまで凝視みつめていた。


「はぁはぁはぁ」


 ズボンのポケットから震え止まぬ手でスマホを取り出し、先輩に電話しようとする。焦れば焦るほどボタンが上手く押せない……


―――――早く!!

「もしもし中山か?どうした? 」


「すいません高木先輩、ちょっと問題が」


 俺は急いで靴下のまま非常階段を駆け下りる。何故かエレベーターと云う閉ざされた空間が嫌だったのだ。


「お願いします!電話を切らないで下さい」

荒い息遣いで懇願すると異変に気付いた高木先輩が俺を諭す。


「おい!何が有ったか知らんが落ち着け‼お前今どこだ? 」


「いっ池尻の賃貸のNマンションです」


「池尻か…… 今、丁度、調布インターの近くだから30分でそっち行く!着いたら詳しく聞くから、少し待てるか? 」


「はい、すみませんお願いします」


「一つ確認するが警察案件じゃないだろうな? 」


「はい、それは大丈夫です、違います」


「分かったちょっと待ってろ、Nマンションなら1階の管理人室が有るだろそこで待機してろよ」


 管理人とは名ばかりで、月、火、水は午前10時~午後8時まで警備会社の人間が一人居るが、土曜日に当たる本日は不在となっている。


 非常階段を降り、正面玄関にまわり、オートロックの扉横に併設されている管理人室のカギを開け、室内で先輩の到着を待つことにした。


 椅子に腰かけ背もたれに背中を預ける。深く深呼吸をして、ワイシャツの腕を捲り上げ気持ちを落ち着かせ、ふと、気になり監視カメラの電源を入れる……。


 1階オートロック前の映像、エレベーター内の映像、各階のエレベーター前の映像そして、各階の廊下の映像が映し出された。

チャプターの切り替えで地下の立体駐車場と駐輪場の映像も確認出来る。


―――――えっ⁉


「ば‼ 馬鹿な⁉ そんな‼ 」

俺は10階の廊下の映像を見て驚愕した―――――



扉が半開きに開いている。



―――在り得ない。確かにさっき扉は閉じたはず……

(自動ロックもされたんだぞ‼ )

 

 俺は足を確認し、靴を玄関に置いたままで下りて来た事を改めて確認する。

 

 急いで腰に束ねた鍵の中から管理用の小さな鍵を探し、背後の壁に備え付けられた配電盤型のBoxに鍵を差し込み、電磁式サムターン用の点検パネルを確認する……。


10階……

一部屋づつ指を差しながらゆっくりと確認してゆく。


1054室の扉が開いている事を示す小さな赤いランプが点いている。


(寒気が襲う、一体何がどうなっている? )


 頭が整理出来ない。

(夢でも見ていたのか?)

―――いや、まさか、そんな事は無い……


 現に俺は恐怖の余り靴も履かずに飛び出して来た、勘違いでも思い過ごしでも、夢を見ていた訳でも無い。俺が飛び出した後に、間違いなく扉がロックされたのを目の前で見た。


―――何なんだ、何なんだよ一体……

(何が起こっているんだ? )


すると背後から馴染みのある声が、焦りを含んだ口調で俺の名を呼んだ。


「中山!! おい、中山…… 」


「せっ先輩…… 」


「お前、何が有った? おい、まさか…… 」


 先輩は俺の蒼褪めた顔を見るなり察したらしく、顔を強張らせた。



「やばい感じです、説明の仕様がありません…… 」

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