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 ドアを開けると、診療所独特のにおいがした。

 多くの子供はその匂いが苦手であろう。

 子供にとっての診療所や病院というものは痛みや苦しさと直結しているからだ。

 当のキルはと言えば、特に何を思う事もなくドアから入ってすぐの待合室のベンチに腰を掛けた。

 キルには病気も怪我もない。

 人間ではない少女にとっては、診療所に対する恐怖も何もない。

 ちなみにドレは診療所に来るたびに未だに嫌そうな顔をするのだが、キルにとっては不思議で仕方がなかった。

 

 街の外れにある、決して立派とは言えない建物がキルの目指した診療所であった。

 その診療所は街の中心にある大きく立派な病院と比べればあまりに小さな診療所である。

 しかし、ドレは必ずこちらの小さな診療所を利用していた。

 

 人がいないのか、診療所の中は静かだった。

 キルも静かにベンチに座ったまま待っていると、奥の診療室と待合室を分ける暖簾をくぐって背の高い女性が出てきた。

 白衣を纏った、艶やかな長い黒髪に鋭い目つきの女性。

 女性は無言のまま、キルの横にドカリと腰かけた。

 女性ははぁ、とため息を吐いてから白衣の内ポケットから煙草を一本取り出して口に咥えて、指パッチンを一つ。

 女性の咥えた煙草の先に赤色の小さな魔法陣が光り、小さな火を煙草に灯してすぐに消えた。

 ゆっくりと紫煙をくゆらせる。


 「……武器屋のバカ息子がまた骨折りやがったんだよ、今朝」

 突然、女性が口を開いたがキルは驚かない。

 この女性はこういう性格だから。

 「……なんで?」

 女性の方を見ながらキルは首を傾げた。

 女性――この小さな診療所の主にして女医のヴェルニア・セラリタはゆっくりと紫煙を(隣に座るキルにはかからないよう上空に)吐き出してからキルの方を向き、乱暴にキルの頭を撫でて、苦笑いしながら答えた。

 「ベッドから落ちたんだと」

 ヴェルニアの手は乱暴ではあるが、嫌ではなかった。

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