正義の味方と悪の組織に所属することになった

@NEET0Tk

第1話

「何が正義の味方だ!!変革を起こさないでどうやって今も苦しんでる人々を助けられる!!」


 悪の組織の重い拳が俺の頬にクリーンヒットする。


「だからといって、人々不幸にさせてしまったら本末転倒だろうが!!」


 悪の組織へと俺の拳を叩き込む。


「ふべし!!」


 俺は吹っ飛ぶ。


「なかなかやるじゃないか」

「お前もな」


 正義の味方と悪の組織は不敵に笑う。


 俺と敵の実力は互角。


 だが、俺はここで負けるわけにはいかない!!


「「食らえ!!」」


 同時に二つの拳が交差し


「ふべし!!」


 俺の両頬に大きなダメージが入る。


「陸君!!何やってるの!!」

「ちょっと陸!!ふざけてる場合じゃないのよ!!」

「あ、すみません」


 俺は正義の味方と悪の組織の攻撃によって腫れた頬を撫でる。


 まぁ


「どっちも俺なんだけどね」


 俺は自傷した傷を自分で癒す。


「いつまでこんなことしなくちゃいけないんだよ」


 俺はあの日の光景を思い出す。









 俺の名前は海途陸うみとりく


「やっぱり俺には向いてないのかなぁ」


 今日もまたバイトをクビになった男の名前だ。


 スープがまずい!!と文句をつける客に少し説教をかましただけだったのに


『お客様は神様だ!!お前の無駄な正義感なんていらないんだよ!!』


 とバイトリーダーに散々キレられて終了。


「無駄な正義感か」


 小さな頃から教わった常識。


 正直者になれーとか、良い子にしてろーとか、そういう当たり前は社会の前ではただの重石でしかなかった。


 嘘をつく方が荒波が立たず、悪いやつの方が得をするしなんかモテる。


 そして今回も俺なりの正義感で周りに迷惑をかけてしまった。


「俺、間違えてるんだな」


 俺の小っぽけな何かはもう、夏の線香花火のように消えかけていた。


「喉が渇いた」


 もう夕方とはいえ夏。


 垂れた汗が俺に水分を補給するよう求めてくる。


「えーと百円、百円」


 財布の中の銀色すら見つけられない俺。


 もんなんか全てが嫌になってくるなー。


 はぁ……なんか良いことでも起きないか


 カチャン


「え?」

「これで合ってる?」


 指された場所には、ちょうど俺が飲みたかった物。


「あ、はい、それです」

「よかった。私もこれ好きなんだよね」


 ピッ






 ガタン


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」


 ボトルを受け取る。


「あ!!お金、お返しします」

「ううん、大丈夫。私が勝手に助けたくなっただけだから」

「いえ!!それだと俺の気持ちが収まりません」

「そう?」


 俺は財布から百円を取り出し、目の前の人物に返す。


「ありがとう」

「お礼を言うのは俺の方で——」


 その時、初めて顔を見る。


「へ?」


 どう言葉にすればいいのか。


 初めて美術館に訪れた時のような、完成された美に感嘆の声が漏れる。


「私の顔に何か付いてる?」

「あ、いえ、とても綺麗な顔立ちをしてらっしゃるので」

「ホントかな〜?」


 少し照れながらもニマニマしている女の子。


 年は俺と同じくらいだろうか。


 金に輝く髪の特徴からして、もしかしたら海外から来たのかもしれない。


「ん?あ、私の髪?」

「あ、ジロジロ見てすみません。日本語お上手ですね」

「ぷぷ」


 女の子は吹き出す。


「あははは、私は日本生まれ日本育ちだよ?」

「え!!そうなんですか」

「うん。よく勘違いされるんだ」


 女の子は近くにあったベンチに座る。


「名前は?」

「え?」

「名前。あ、もしかして私から名乗った方がいい?」

「そんな武士じゃないんですから」

「拙者、生まれも育ちも日本でござるが、性は朝日奈、名はセイラと申すでござる」


 エアー刀を鞘に収めるセイラさん。


 見た目は日本人とはかけ離れているのに、完璧な武士像を見せる彼女につい笑ってしまう。


「その心意気見事!!拙者、同じく生まれも育ちも日本。性は海途、名は陸と申す!!」

「お!!陸君って言うのか!!なかなかノリがいいですなー」

「朝日奈さんは」

「セイラでいいよ」

「……ではセイラさんで。セイラさんもお嬢様みたいな見た目ですけど中々ですね」

「おっとー、もしかして私バカにされてる?」

「いえいえ、もちろん褒めていますよ」

「ニシシ、褒められたー」


 何故こんな美人が俺に話しかけて来たのかは謎だが、なんだかんだで話は弾み、いつの間にか日が落ちていた。


「てなことがあったですよー」

「へー、大変だったね」


 いつの間にか俺は今日までに起きた俺の苦労話を話していた。


 セイラさんは聞き上手なのか、話題もポンポンと出てくる。


「セイラさんも俺のこと変だと思いますか?」

「……そんなわけない」


 さっきまで優しい目をしていたセイラさんの目が一瞬曇る。


「そんなわけない!!おかしいのは陸君じゃなくて周りの方だよ!!だっておかしい!!陸君は何も悪いことしてないのに!!」


 まるで自分のことかのように本気で怒っているその様子に、俺はまたしても笑ってしまう。


「あはは、そう言ってくれるだけでも嬉しいです。でも、やっぱりこの世界だとこういう生き方の人間は排除されるんですね」

「……」

「どうしたんです?」

「……たら」

「え?」


 セイラさんがボソリと何かを口ずさむ。


「もし、それが尊重される場所があったら?」

「えーと、よく分からないですけど、そんな場所が有れば是非とも訪れたいですね」

「そっか」


 セイラさんと出会って初めての沈黙。


 風が吹き、まるで嵐の前の静けさのように木々が揺れた。


「うん決めた!!多分、いや絶対怒られるけど、私は決めたんだ!!」


 セイラさんは立ち上がり、急に叫び出す。


「どうしたんですか?背中についてた虫ならさっき取りましたよ」

「えぇ!!虫ついてたの!!」


 セイラさんは少し涙目になる。


 綺麗な人の泣き顔ってなんだか……やめておこう。


「もうついてないから大丈夫ですよ」

「けど、その事実を知りたかった自分と、知りたくなかった自分がせめぎあっちゃてるよー」


 シクシクと自分で効果音をつけるセイラさん。


「それで何かあったんですか?」

「あ!!そうだ」


 セイラさんはわざわざ一回座り直し、その後立ち上がって


「私と一緒に働こう!!」

「詐欺ですか?」

「え?あ!!た、確かにそう聞こえるし、状況的に私が急に話しかけたからそっちの可能性大だけどぉ」


 分かりやすく慌てるセイラさん。


「いやー、セイラさんみたいな綺麗な人に美人局されたら大半の男は落ちちゃいますねー」

「え?ありがとう」


 ニヘラと笑うその顔に、セイラさんは嘘つけない人なんだと分かる。


「大丈夫です。セイラさんのことは大切な友人と思ってますから」

「え!!本当!!じゃあライン交換しよ」

「いいですよー」


 話は脱線も脱線し、目的地がドンドン遠くなる。


「こんなことしてる場合じゃないよ!!」

「どうしたんです?」


 どっちがスタ連の速度が速いか競っていると、セイラさんがまた大声を上げる。


「一緒に働こう!!」

「デジャブですね」


 例のシチュエーションが繰り返される。


「セイラさんと一緒にいられたら俺は楽しいですけど、一体何の仕事なんですか?」

「え、えっとねー」


 急にモジモジし出す。


「別に怪しい場所じゃないんだけど、あんまり詳しく話せなくて……」

「草の売買ですか?」

「私のこと何だと思ってる!!」


 セイラさんはいじりがいがあるな。


「詳しくは言えないんだけど、簡単に言ったら世界をより良くするために活動する団体かな?」

常套句じょうとうくですね」

「うぅ」

「危なくないんですか?」

「大丈夫。陸君は後方支援の方に入ってくれればいいから」

「あ……危ないことあるんですね」

「だ、大丈夫大丈夫。絶対に怪我はしないって補償できるよ。それとも……私と一緒は嫌?」


 アイドルなんか目じゃない程の美女からの上目遣いに俺は


「毎日俺のために味噌汁作ってくれませんか?」

「え?味噌汁なら食堂でいつでも飲めるよ?」

「そこで働かせて下さい!!」


 こうして俺は、名前も仕事内容も分からない仕事をすることになった。







「バイバーイ、また後でメッセージ送るねー」

「はーい」


 セイラさんと別れる。


「今更になってだけど、俺って結構凄い出会いをしたんじゃね?」


 超絶美人と一緒に働く。


 これはワンチャン恋人になることも可能ではないだろうか。


「やっぱ神様は見てんだな」


 そうだ。


 良いことをしたら良いことが返ってくる。


 常識じゃないか。


「ん?」


 そんな晴れやかな気分を刺すように、とあるニュースが目につく。


「これって」


 そこには、よく知る店の名前が堂々と書かれた記事があった。


「スープに……これって」


 内容を端的にまとめれば、スープに入っていた材料がメニューに載っていなく、そのせいでアレルギー持ちの男性が倒れたそうだ。


「この人」


 倒れた人の特徴が


「あの時のクレーマー」


 ……


「なんだよ」


 携帯の電源を切る。


 「何が正義だ馬鹿野郎」


 それはただの主観でしかなかった。


 周りの迷惑だとか、悪質な客だと俺が勝手に決めつけ、あの人はただ自身の正義を主張していただけだった。


 あの場に悪者なんていなかった。


 いるとするなら間違いなくそれは


「あーあ、せわしねー」


 せっかく今日はいい気分だったのに、何だか気分が滅入る。


「……セイラさんに仕事の件、断ってもらおう」


 俺の正義感は、ただの俺の勝手なもの。


 何だかそんな俺が彼女と一緒にいるのは違う気がした。


「何て送ろう。さっき別れたばかりなのに急にすみません?それともヘイベイビー、ちょっと話があるぜとか?」


 女の子とそこまで連絡を取ったことのない俺は、どう返信すればいいか悩む。


「こういう時に意見を聞ける女友達がいたらなぁ」

「あら?何か困ってるの?」

「え?」


 銀色の風が通り過ぎる。


 まるで世界の時が止まったかのように感じた。


 その理由は述べるまでもない。


 目の前には月の光に照らされる、ダイヤモンドが霞むほど美しい女の子がそこにいたからだ。


「どうかした?」

「夢……ですかね?」

「夢?」

「一日に二回もこんなに綺麗な人が目の前に現れる現象を人は夢と呼ぶんです」

「そう?ならあなたの夢が叶った、ってことかもね」


 彼女の微笑んだ顔は、俺の中のわだかまりが霧散するには十分だった。


「それで?彼女さんに連絡でもするのかしら?」

「あ、いえ、彼女になってくれたら嬉しいですけど、俺とは釣り合わないので」

「そう?最後に大事になるのは結局中身だと私は思ってるわよ?」

「そう……ですかね?」

「少なくとも私はそう思ってるわ。それで?何かあったの?」

「実は」


 ほんの数分前にあった名前も知らない女の子に俺の事情を話す。


 何故かは分からないが、彼女は信頼できると思ったのだ。


 どちらにせよ、俺に話を真剣に聞いてくれる彼女が悪い人には到底思えない。


 話を終え、暫く何かを考えた彼女は


「いいんじゃないかしら」


 あっけらかんとそう言った。


「え?」

「確かにその場合にあなたの正義が正しかったとは言えないかもしれない。だけど、そんなもの誰だって同じ」


 彼女にスポットライトを当てるように、月の光が光量を増す。


「私も自分の信じてるものが正解だとは思ってない。でも、自分の信じたものを押し通さなきゃ、世界も、自分も、変わらないわ」

「……」


 それは、どこか魂の籠った言葉だった。


 彼女の言葉が正解かは分からない。


 だが、それすらも彼女は肯定しているような気がした。


「私はそこで働いたらいいと思うわ。きっとそこには、あなたの居場所があると私は思うの」

「そう……ですね。うん、そうだ。何だか元気が出ました!!ありがとうございます!!」

「私はただ自分の意志を伝えただけ。結局、本当の意味で問題を解決したのはあなた自身の力よ」

「それでも、どうかお礼を」

「律儀な人ね」


 彼女はクスリと笑う。


「もしそこが嫌になったら私の場所に来なさい」

「え?」

「あなたとは仲良くなれる気がしたの」

「俺もあなたとは気が合いそうです。ちなみにどのようなお仕事なんですか?」

「ごめんなさい。詳しくは言えないのだけど」


 デジャブか?


「この世界には貧困や口を大にして苦しみを言えない人、他にも多くの人が不幸になってる。私達はどうにかしてそんな世界をより良いものにしようとする団体……かしら」


 これはデジャブどころか


「もしかしたら、ていうか絶対俺がいこうとしてる場所だと思います」

「え!!」


 あまり表情の変わらなかった彼女が大きく驚く。


「私が言うのもアレだけど、かなり珍しいわよ?」

「凄い偶然ですね」

「そう」


 彼女は笑う。


「それなら、これから長い付き合いになるわね」

「嬉しいです……えっとー」

「ごめんなさい。自己紹介がまだだったわね」


 彼女は貴族の挨拶のように恭しく


「改めて、私の名前は夜月ルナ。今日はいい夜になったわね」

「俺の名前は海途陸。今夜は月が綺麗ですね」

「あら、もしかして私口説かれてる?」

「俺と……ルナさんだと釣り合いませんよ」

「フフ、ありがとう。でも言ったでしょう」


 ルナは背を向け


「最後はやっぱり中身よ」


 そして暗い闇夜に消えていく。


 最後に彼女は


「また会いましょう」


 そう言ってくれた。


「どうしよう。俺、死ぬのかな?」


 真っ黒な空に浮かぶ月を呑気に眺める。


 まるで自分を肯定してくれるかのような、認めてくれるかのような二人に出会えた。


 そんな幸せが、奇跡が起きた。


 だが


 この時俺は知らなかった


「緊急!!街に幹部出現!!朝日奈、すぐに現場に向かえ!!」

「はい!!」


 セイラは音よりも速いスピードで街を駆け抜ける。


「見つけた!!」


 銀色の髪、例の


「あら、正義の味方さんは相変わらず到着が遅いわね。もし私が快楽殺人者なら、今の間に何人が死んだのかしらね」

「私達ってそんな仲良く喋る仲だっけ?」

「……その通りね」


 ルナの周りからドス黒い何かが現れる。


 悪と正義が向かい合い


「今日こそ」

「あなたを」

「「倒す!!」」


 こうして今日もまた、人知れず正義の味方と悪の組織の戦いの火蓋が開けられた。


「もし二人同時に告白されたらどうしよ!!」


 この物語は、そんな二つの組織に所属してしまった世界で最も幸運で不幸な


「重婚できる国探すか」


 バカの話である。

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